海外のチップ専門サイトChipworksは、AppleのiPhoneとiPadの使用しているSoC(CPUを含むメインチップ)の探求をしている。今年9月にiPhone 6sとiPhone 6s Plusがリリースされた後、ChipworksによってAppleがTSMCとSAMSUNGの2種類のA9チップを使っていることが判明した(いわゆる”Chipgate チップゲート”問題)。このことは事前には知られることのなかった秘密だった。
そして今月発売されたiPad Pro上に、AppleはA9Xチップを搭載した。さて今回のA9XチップにはどんなAppleの秘密が隠されているのだろう?A9Xを通じて、Appleのチップ方面の研究開発でどんな発展がみられたことを読み取れるだろう?以下は中国のメディアWeiPhoneがまとめた記事を意訳したものだ。
A9Xチップを理解する
先日リリースされたiPad Proには、iPhone 6sやiPhone 6s PlusのA9チップよりも強力なA9Xチップが搭載されている。iOS 9.1ファームウェアから分析すると、iPad Proにはチップ型番s8001(j98aap)、CPIDが32769という1種類しか用いられていないことがわかっている。となれば、iPad ProのA9XはiPhone 6s/6s Plusとは違い1社だけで製造されたものと思われ、しかもSAMSUNG製である可能性が高い。
以前のiPad Air 2のA8XのCPU動作クロックは1.5GHzで、iPhone 6s/6s PlusのA9は1.85GHzだったが、それらに比べればA9Xチップは2.25GHzで、A9よりも22%、A8Xの51%もクロックが上昇し、Apple自身も現在市場にある80%のポータブルPCよりも速いと新製品発表イベントで豪語したほどだ。
A9Xチップは2コアに戻ったが、それでもA8Xの3コアを凌駕する性能を発揮
以下がChipworksによるA9Xチップの全容。
ChipworksのDick Jamesによれば、A9Xの中には12個のGPUと2個のCPUコアがある。しかしA9チップと異なるのは、A9XにはL3キャッシュがないことだ。上の画像の青で囲ってある部分がGPUで、緑がCPUコアということになる。そしてCPUコアもA8Xチップでは3つだったが、A9Xでは2つに減らされている。採用されいているFinFETプロセスが新しすぎ、また生産量もそれほど多くないことから、信頼性の確保が難しかったものと思われる。そんなわけで、チップのサイズは小さくしなければならないのに性能に関しては突破口をみつけることを保証しなければいけないという状況下で、AppleはA9Xに3つ目のCPUコアを追加するのは容易なことではないと考えたのかもしれない。
しかし結果的に2コアに戻ってもその性能は3コアのA8Xを遥かにしのぐというところが、A9Xチップの神秘的なところといえるかもしれないのだ。
A9Xは恐らくSAMSUNG製、1社のみのOEM
以前のAnatechによるA9Xの初期評価測定によれば、A9Xチップは製造プロセスをFinFETに全面的に切り替え、多くの潜在的な能力を秘めるということだった。彼らは、あの”チップゲート”以降はAppleはSAMSUNGとTSMCの両方を選択する理由はなくなったといえるだろう。
もちろん、別の理由があるのかもしれないが。。
GPUはImagination Technologiesによる半特注のSeries 7XT
面白いのは、AppleのGPU IPコアのサプライヤーImagination TechnologiesによってSeries 7XTのラインナップが発表されているが、そこには2、4、6、8、16個のシェーダクラスタしかないことだ。
A9Xに採用されている12個のシェーダクラスタモデルは恐らくAppleがImagination Technologiesに特注した、いわば半特注Series 7XTということになるようだ。
これについては、昨年のiPad Air 2のA8Xに搭載されたSeries 6XTも半特注だったことを考えれば妥当なことかもしれない。
A9Xチップの面積
Chipworksが公開した数字によれば、A9Xの総面積はだいたい147平方ミリメートル。ちなみにSAMSUNG製のA9チップは製造プロセスは14nm FinFETで総面積は96平方ミリメートル、TSMC製は16nm FinFETで104.5平方ミリメートルだ。A9XはTSMC製のA9チップよりも40%大きい。ということはA9Xぶのチップの総面積はA9チップに比べて非常に大きくなったということになる。これは画面が大きくなったことによるGPUの面積が大きくなったことが挙げられよう。
前の世代と比べると、iPhone 6に使用されていたA8チップではPOPパッケージが用いられ、1GBのCPUメモリが積まれていて89.25平方ミリメートルだったが、TSMCによる20nm HKMGプロセスによって、その前の世代のiPhone 5sに搭載されていたA7の102平方ミリメートルよりも13%小さくなっていた。
A9XではL3キャッシュがなくなっている理由
上述の通り、A9XチップではAppleはA9チップと同じように8MBのL3キャッシュを採用しなかったことについて、いったいどのような判断がなされたのだろうか?
A9Xチップのメモリバスの幅はA9チップの2倍となっている。ということはA9Xチップとメモリとのデータ伝送速度はA9チップの2倍ということになる。なぜこのような速度を確保できたかというと、A9XはiPad Proのという大きいデバイスに使われることで、iPhone 6s/6s Plus用のA9チップとは違い多くの放熱スペースを得ることができたからだ。またiPad Proのバッテリーが大きいことで、A9XチップはA9チップよりも電力消費が大きいチップにすることも可能だ。しかも、デバイスが大きいおかげでA9Xチップはメモリを外側のロジックボード上に置くことができたのだ(iPhone 6s/6s PlusのA9チップではメモリはチップ内にある)。
最後に、A9Xチップ自体は比較的大きいチップだが、これは製造難度がA9よりも高いことを意味している。これによって増加したチップ製造コストによって、L3キャッシュを搭載してもそれほど性能の向上を望めないことから、Appleによってそこにコストをかけることはないというコストパフォーマンス面での判断があったと思われる。
A9Xチップはテクノロジーの1つの到達点?
A9Xチップは現在市場で最も先進的なモバイルデバイス用チップシステムであるということができる。A9Xチップには一流のCPUとグラフィック性能が備わっており、最先端の技術が使われ、面積が非常に大きいチップで、各種ベンチマークテストでも図抜けた性能をみせている。
性能測定で有名なGeekBenchの公表したiPad Proのベンチマークテストのスコアは、A9Xのシングルコアのスコアが3242点で、マルチコアが5521点となっている。他と比べてみると、最新のSnapdragon 820の最近のベンチマークテストのスコアがシングルコアが2032、マルチコアが5910だった。初代iPadに比べて22倍速以上というすさまじい性能であることもApple自身が語っている。2015年にA9Xチップのような高性能チップを開発できて、Appleのエンジニアチームは恐らく相当な自尊心と達成感に溢れているだろう。
A9チップとA9XチップはAppleにとっては巨大な成功事例となった。この2つのチップの重要性は、Appleの収益に影響を与えただけに留まらない。誰もがAppleが成し遂げたような、0から始めて5年間で一流のチップを作るなど荒唐無稽な話だと思うだろう。だからこれまで誰もそれを試してこなかった。しかしiPhoneやiPadのチップ性能の優勢がますます明らかになるにつれ、他のスマートフォンメーカーも自らチップを設計したいと思うようになった(例えば中国のシャオミ、xiaomi(小米)など)。
A9XチップはAppleの挑戦の1つの到達点なのかもしれない。もちろん、今後続いていくますますの発展の中では単なるマイルストーンに過ぎないのかもしれないが。
画蛇添足 One more thing…
ちなみに実際にはAppleはCPUを完全に単独・独自で設計・開発しているわけではなく、AxチップはARM社によるARMアーキテクチャを採用したサードパーティのチップという位置づけだ。A9XチップはCoretex-Aファミリーのv8-Aアーキテクチャを使用したものだ。ARMはもともとエイコーン社が開発していたものだが、1980年代後半からアップルコンピュータと共同でコアを開発した関係でエイコーン社からスピンオフしている。そしてアップルコンピュータが最初に開発に成功したチップはあの商業的には失敗したニュートン メッセージパッド(Newton MessagePad)に用いられていた。ARM社は自社でチップを製造しておらず、アーキテクチャのライセンスを売る会社になっている。省電力が求められるチップの世界では完全に一人勝ち状態で、携帯電話・スマートフォンの世界では100%に近いシェアを持っている独占的企業だ。もちろん、比較で使われるSnapdragonもARMアーキテクチャのチップだ。
アップルコンピュータの肝煎りで発展し、モバイルデバイス用チップアーキテクチャの世界を牛耳るARMと、現在はそれを利用して世界でも有数の企業に上り詰めたApple。。何か因果を感じる。そしてAppleがかつて”アップルコンピュータ”だった頃のテクノロジーやエンジニアリングへのこだわりが、現在も生きているようにも感じるのだ。最近のAppleの新製品発表イベントでも、マーケティング担当上級副社長のフィル・シラーが得意げに語る製品のスペック自慢が印象に残る。
実際、Appleはスティーブ・ジョブズがiPad初代をリリースしていて以来、ハードウェア・端末そのもののイノベーションはそれほど起こしておらず、世界初の驚きというものも久しく出していないのだが、チップに関しては実はiPhone 5sで世界初の64bitチップ搭載のスマートフォンを発売しているなど、イノベーティブな要素が強い。
“最先端技術のマシンを所有する”ということが、ユーザに間違いなくAppleを所有する喜びや優越感を抱かせる、いわゆるブランド化の1つの要素となっているのだろう。ただ、それが本当に今の完全に大衆化したAppleユーザがAppleに求めているものなのか、というとちょっと別のような気もするが。。
AppleのiPhoneやiPadの強さは、ハードウェアとソフトウェア(OS)の超高度な組み合わせにある。それは、ハードウェアメーカーが大量に存在して統一がとれないAndroidよりも明らかに有利な点だ。Appleには、チップだけ、OSだけのテクノロジーにこだわるというのではなく、総合的にみて素晴らしく、そして時にはとんがったUXを提供してくれる会社で居続けてほしいものだ。
記事は以上。
(記事情報元:WeiPhone)