Appleは最近、あのリチャード・ギアが主演をつとめる予定だったApple TV+専用のドラマ作品の制作を、高額の違約金を払ってキャンセルしました。その理由は、作品のテーマが暗すぎる、また制作側が人間のネガティブなところに焦点を当てすぎているという理由でした。
ということは、Appleは自分たちが制作する映像作品は全て気分を高揚させるような、ポジティブな要素に満ち溢れたファミリーフレンドリーの、まるで”優等生”のようなものにするという方針がある、ということになります。しかし、果たしてそれでApple TV+は成功するのでしょうか?
Apple、リチャード・ギアが主演予定だったドラマ「Bastards(バスターズ)」の制作をキャンセル、多額の違約金を支払う
Appleは以前イスラエルで制作されたNevelotという作品を元にアメリカ版に改変した、ベトナム戦争の退役軍人の二人が50年前に同時に愛していた女性が自動車事故で亡くなった後、生活が軌道に乗らなくなったという展開のストーリーのドラマ「Bastards(バスターズ)」の制作に、昨年末Goを出しました。
「生涯にわたる後悔と秘密が、現代を生きる自分勝手な若者達への怒りによって対立を生み出し、2人を射撃をしあうというバカ騒ぎの犯罪行為に走らせてしまう」というストーリーとなっていて、その「バカ騒ぎ」はいわゆるAppleが展開している「Shot on iPhone(iPhoneで撮影)」キャンペーンのようなバカ騒ぎとは非常に異なる性質のものになるのは明らかでした。
制作キャンセルの理由は制作側のとの方針の違い、Appleは友情と感情に焦点を当てたかった
ハリウッド・レポートによると、制作現場責任者が、2人の獣医の間の友情よりも、もっと人間の暗い要素に焦点を合わせたいと言い出したといいます。それに対して、Appleは2人の友情と感情に焦点を当てることを望んでいました。結局Appleと制作側のGordon / Fox 21が妥協点に至らなかったことから、Appleはかなりの金銭的ペナルティを支払って制作を中止することを決定したのです。
Appleがドラマ作品の制作をキャンセルしたのはこれが初めてではない
なお、昨年にもAppleは同様の理由で映像作品の制作をキャンセルしています。Wall Street Journalは昨年、Appleのティム・クック(Tim Cook)CEOが、Appleが買収したBeatsの共同創業者の一人でこのブランドの顔でもあるDr.Dre(ドクター・ドレー)の半自伝的なドラマをキャンセルするために電話をかけたことを報道しています。そのキャンセルされたドラマ「Vital Signs(バイタル・サイン)」では、「コカイン、大邸宅での乱交、銃」が描写される予定だったからと思われます。
Dr. Dreの半自伝であれば、これらのことは特段驚くべきことではないのですが、確かに乱交の描写はよくないかもしれません。ただ、銃の撃ち合いのような他の映像作品ではありふれている定番のような描写まで禁止とされたことは、深刻な疑問を投げかけられることになりました。
Appleは「安全なコンテンツ」を制作しようとしている
Appleが「安全な道」を選択したのは、実は上記が初めてではなく、同社はかつてM. Night Shyamalanが取り組んでいたいくつかの作品から、宗教色をだいぶ薄めたとされています。また、元Amazing Stories(アメージング・ストーリー)の制作現場責任者だったBryan Fuller氏がAppleと方針の違いで衝突して降りたということもありました。Fuller氏はもっと作品を暗い感じにしたかったといわれています。
これは、AppleがApple TV+を昨今蔓延る有毒なテレビドラマを浄化する「解毒剤」にしようとしていて、家族向けで、誰もが安心して見られるものにしたいという方針があるからに他なりません。Appleのティム・クックCEOは、Appleを「世界の善のための力」にしたい、としばしば語っています。確かに、それはいい方針のようにもみえ、称賛することもできます。しかし商業的な観点で見ると、一体どうでしょうか。
Appleはレッドオーシャンに参戦、独自の特徴無しに参戦しても大丈夫?
Apple TV+は今秋リリースされる予定で、他のNetflixやhuluなどのストリーミングサービスと同程度の料金で展開するのであれば、既に各種のサービスが存在していて、市場はレッドオーシャンです。そこに参入するには、何らかの独自性が必要です。Apple TV+では、当然ながらその中に含まれるDisney+がファミリー向けとしては超強力なコンテンツで、成功を収めるのではないかと思います。しかし、Disney+がますます明るく輝くのに対して、Appleは暗い方向に進めることで、ニッチな需要を拾うことができるのではないでしょうか。Appleは他の会社が持っていない、莫大な資金を持っています。もっとリスクをとって冒険しても経営には影響はないはずです。
米国では人間の暗黒面をテーマにしたドラマがヒットしている
なお、米国で過去20年間で最も人気のあるドラマのうちいくつかは、明らかにファミリーにとっては優しいものではないテーマを扱っていました。Breaking Bad、The Sopranos、The Wire、House of Cardsなどは、しばしば不敬で暴力的なものでした。HBOの信じられないほど人気のあるGame of Thronesは、有名人の「セックスポジション(セックスやヌードを背景として情報開示や状況説明を行うナラティブのテクニック)」においてそのシーンをヌードでいっぱいにして、その値段をつり上げていました。
しかし、これらの作品は単なる表面レベルのアダルトコンテンツというわけではありません。これらのドラマでは、悲観的で暗い人間観を扱っています。Breaking Badは、普通の男が殺人のアンチヒーローに変身することを示し、The Soprannosは、取り返しのつかないソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)に焦点を合わせていました。またHouse of CardsとGame of Thronesは、腐敗が支配する世界を描写しており、実際のヒーローはほとんどいません。
このようなダークなテーマを扱った作品への渇望は尽きないようで、HeckやStranger Thingsでも、最近万人受けするコメディに変わっているという批判に直面したほどです。
Appleにはキラーコンテンツがないため、有名な俳優を起用する必要に迫られている
Apple TV+には、かのStar Wars(スター・ウォーズ)やMarvel Comics(マーベル・コミック)のような、誰もが認めるようなキラーコンテンツがありません。そうなると、頼れるのは知名度のある俳優を出演させた作品を制作することです。しかしAppleはダークなテーマのコンテンツは作らず、安全なコンテンツのみ作ることを明示していて、そのことが有名な俳優を出演させる際にも大きなハンデを背負う可能性が高いといえます。有名な俳優も、常にポジティブな要素の作品ばかりに出たいわけでもないですし、制作側もそれを望んでいるとも限りません。今回のように、人気絶頂の全盛期ではないものの、誰もが名前を知っている大俳優であるリチャード・ギアまで動かした上に制作を途中でキャンセルするのは大金をドブに捨てたようなものです。
光があるところに闇はある。。Appleはジェダイになりたいだけなのか?
ストリーミングサービス群雄割拠の時代に、Disney+以外に明るいポジティブコンテンツのみを流しているサービスが果たして受け容れられるのか?それは未知数といえるでしょう。そして人々はやはりダークなコンテンツを好むということでしょうね。映像作品の検閲をしている中国でさえ、かつてはネガティブでダークなコンテンツは検閲で通さなかったものの、最近は商業主義が浸透して随分とダークなテーマのものも沢山出てきています。前出のスター・ウォーズでもあったように、シスがいるからジェダイが成り立つわけで、光があるところに闇も必ずあり、それらは相互補完をしているのは間違いありません。Appleはジェダイになりたいのかもしれませんが、ジェダイだけでは世界は成り立たないのです。世界的に社会主義や共産主義が失敗したのもそのせいでしょう。
日本でもNetflixが山田孝之主演のAV監督村西とおるをテーマにした「全裸監督」をリリースしたことで話題になりましたし、かつてアニメ界で大ヒットした新世紀エヴァンゲリオンもかなりダークなテーマになっています。人間の暗黒面にテーマをあてた作品の方が奥行きが出るのではないかと思いますがどうでしょうか。
記事は以上です。
(記事情報元:Cult of Mac)