「5年以上使われているPCが6億台以上あるのは、”本当に悲しいこと”だ」
Appleのフィル・シラー上級副社長(SVP=シニア・ヴァイス・プレジデント)は、日本時間3月22日未明に行われたAppleの春の新製品発表スペシャルイベントの壇上でこう語った。
世の中には、残念ながらありとあらゆるところに「蔑視の輪」が存在する。例えばMacユーザがPCユーザに対する蔑視もそうだ。ただこれはお互い様で、Macユーザが上とか、PCユーザが下とかいうことではない。
以前のAppleのMac vs PCのCMを覚えているだろうか。広告の中でPCユーザは滑稽に描かれている。つまりPCユーザはMacユーザに蔑視されているのだ。MicrosoftやSAMSUNGも逆にAppleに対するネガティブキャンペーンをやったこともある。
現在もその蔑視は収まっていないだろうか?
残念ながら、収まっていない。それが冒頭のAppleのフィル・シラー上級副社長がiPad Proを発表する時に、iPad Proを買わせる目的であれ、あのような言葉を壇上で放ったのだ。
フィル・シラーはこう語っている。「インターネット以前、SNSが来る前、App Storeが来る前、Windows PCは既に存在していた。これは非常に驚くべきデータだが、5年を超えたWindows PCが現在6億台以上もあるというのだ」
これはAppleにとっては非常に大きな市場で、大きく打って出るチャンスであることには間違いない。
そしてフィル・シラーはこの機会を逃さず、イベントでこう発言したわけだ。「まだ6億台以上も、5年以上経ったコンピュータがある。これは本当に”悲しいこと”だ。」
イベント会場ではそこで笑いが起きている(とはいえイベント全体が寂しい限りで、反応していたのは前列のAppleエグゼクティブだけ、という感じもしたが)。では、フィル・シラーが”本当に悲しいこと”と発言したその根本的原因を探ってみよう。
Apple製品はずっと長い間、金額の高い製品として有名だ(今も高いが、昔の方が断然高かった)。実は世界的に見れば誰もが買えるような製品ではないのだ。そして、誰もが毎年最新スペックのデバイスに買い換えるわけではない。お金に困っていない人だったとしても、データの移し替えや、現在使っている機種への慣れなどの要因で、毎年コンピュータを買い換えるような人などはよほどのギークか仕事で最新の物を使っていなければならないような人で、稀だといえる。
OK。。あれこれ書いたが、この文章をご覧いただいているあなたは、今のコンピュータを何年使っているだろうか?
2006年、人々は4.5年に1回コンピュータを買い換えていた。2010年にはその時間は5.8年に延びた。そして2012年にはまた縮んで5年となった。そして昨年の2015年、その時間はまた5.6年に延びたのだ。
そしてこれは世界でも地域性がある。ある国や地域では、人々はもっと長い間、1つのコンピュータを使い続けている。なぜならそうせざるを得ないからだ。例えば、ラテンアメリカ(南米)では、PCの平均使用年数は9.8年にも及ぶ。比較的裕福なヨーロッパでも7.5年だ。
一部の人にいわせれば、149ドルのChromebookであれば、消費者には受け入れられるという。しかし今回発表されたiPad Proは販売価格が最低でも599ドルだ。そしてこれらにはiPad Proの機能を最大限に活かすためのApple PencilやSmart Keyboard(スマートキーボード)の価格は入っていない。では、一台のMacBookを買うとしたら?1299ドルもの大金が必要だ。
人々がパソコンを買い換えず、1台を5年も使い続けるのは、多くの場合は可処分所得、つまり経済力と関係がある。そしてもう1つの原因は、普通の仕事をしている人にとっては、それなりに正常に動くコンピュータが一台あれば足りるからだ。非常に大きな演算処理能力が必要な任務を任されている人や、コンピュータの性能への要求が常に最新の物を求められるユーザのみ、頻繁にコンピュータを買い換えるのだ。
ユーザがコンピュータを頻繁に買い換えない理由は、他にもある。コンピュータでできていたことが、スマートフォンやタブレットデバイスに持って行かれているということだ。これもPC市場がここ1年萎縮していっている主な原因となっているのだ。
アメリカのマーケティングリサーチ会社Gartnerの予測によれば、2015年Q4の世界のPC出荷量は8.3%下落し、7570万台になったという。2015年Q4での下落で、世界のPC出荷量が連続5四半期下落していることがわかっている。マイクロソフトが無償でWindows 10 OSのアップデートを提供したが、それはPC市場全体の復興には繋がらなかったのだ。
Gartnerの首席アナリスト、Mikako Kitagawa氏によると、昨年末のクリスマスセールでもPC出荷量のカンフル剤にならず、このことは消費者のPCの購買習慣に変化が現れたことを示しているという。
画蛇添足 One more thing…
ちなみにMacBookであれば、その年の最高スペックをApple Storeでカスタマイズして買えば、だいたい3〜4年は現役で動かすことはできるだろう。iPhoneなどスマートフォンはキャリアとの契約の関係で2年に一度の買い換え需要が来ること、またキャリアからの補填があって全部消費者が出費するわけでもないことで、買い換えやすくなっているのは事実。ただそこに味をしめて、同じものをコンピュータに求めるのはおかしいのではないだろうか。
私のような比較的Apple好きで買い換え好きな人でも、メインのMac(MacBook)は3年ごとに買い換えている。2008年にMacBook(無印アルミユニボディ)、2011年にMacBook Air 15インチ、そして2014年にMacBook Pro 15インチという具合に。その前のWindows PCはもっと長く使っていた。
経済的に製品を5年以上使わざるを得ないのであれば仕方がないが、その製品が好きで、思い入れがあって使っている人もいるだろう。そういう人に対しても”悲しいこと”の一言で片付けてしまうのは大いに問題があるのではないかと思う。
ただ、その”蔑視”というスタイルが、Appleを成功に導いたというのもある。それはIBMなどの巨頭に踊らされる人達の救世主になるべくMacintoshが生まれたように。あの有名な”1984″のCMで、工場のようなところで洗脳され何も考えず働かされている人々、あれも悪く言えばAppleが”ビッグ・ブラザー”ことIBMのコンピュータを使っている人達を蔑視したような描写だ。
そしてAppleユーザはどこか心の底では思っているのではないだろうか。
「私はAppleの良さがわかっている。Appleを使っていない人にはその良さがわかっていない」と。
それ自体も、大げさに捉えればAppleユーザではない人達に対する”蔑視”なのかもしれない。しかしそのような製品へのこだわりや、Appleを使うことへの喜び、それが消費者に財布の紐を緩ませるのではないだろうか。
かのスティーブ・ジョブズが持っていた反骨精神、海賊精神がやはりApple製品の真骨頂だと信じたいのだ。高いお金を出してでも。それがApple製品の魅力なのだろう。今もそれがあるかどうかは、またちょっと別の話。
「5年以上使われているPCが6億台以上あるのは、”本当に悲しいこと”だ」
とフィル・シラーは語ったが、Appleにとっては逆にチャンスなので、どちらかというと”嬉しいこと”なのではないか?そして”本当に悲しいこと”は、世界にはPCを買い換えるお金がない人達で満ちあふれていることではないだろうか。。
記事は以上。
(記事情報元:TheNextWeb)