Appleが9月9日、iPhone 18 Pro・Pro Maxの発表文の中で、既存のiPhone 14・15・16ユーザー向けに衛星機能の無料アクセスをさらに1年延長すると告知しました。ニュースとしては一行で終わる話です。実際どこの媒体もそう扱っているのですが、私が引っかかったのは延長そのものよりも、この「無料」がAppleにとって1台あたり年間いくらの負担なのか、という点でした。衛星の側を持っているGlobalstarは上場企業ですから、決算書を開けば支払い額の方は読めるはずです。そう思って売上の内訳を追いかけ、対象になっている台数で実際に割り算をしてみました。答えは1台あたり年38円ほどという、かなり拍子抜けする数字になりました。

3回目の延長で、告知の置き場所が変わった
まず経緯を整理しておきます。衛星経由の緊急SOSは2022年11月に米国とカナダで始まった機能で、当初の条件は「iPhone 14のアクティベートから2年間無料」でした。その2年が切れる直前にあたる2023年11月、Appleは無料期間をさらに1年延ばすと単独のプレスリリースで告知しています。ところが2025年と今回の延長は、独立した発表ではなくなり、iPhone 17とiPhone 18 Proの発表文の中に一文だけ差し込まれる形になりました。
| 時期 | 出来事 | 対象機種 | 告知の置き場所 |
|---|---|---|---|
| 2022年9月7日 | 衛星経由の緊急SOSを発表。アクティベートから2年間無料という条件 | iPhone 14 Pro・Pro Max | 単独のプレスリリース |
| 2022年11月15日 | 米国・カナダで提供開始。同時に設備へ4億5,000万ドルを投じたと公表 | iPhone 14の全機種 | 単独のプレスリリース |
| 2023年9月12日 | 衛星経由のロードサービスを追加。こちらも2年間無料 | iPhone 14・15 | iPhone 15 Proの発表文 |
| 2023年11月15日 | 無料期間を1年延長(1回目) | iPhone 14 | 単独のプレスリリース |
| 2024年6月 | 衛星経由のメッセージをiOS 18で追加 | iPhone 14以降 | iOS 18の発表文 |
| 2024年10月29日 | Globalstarと契約を結び直し、設備前払い最大11億ドルと20%の出資を約束 | ― | Globalstar側のSEC提出書類 |
| 2025年9月9日 | 無料期間を1年延長(2回目) | iPhone 14・15 | iPhone 17の発表文の一節 |
| 2026年9月9日 | 無料期間を1年延長(3回目) | iPhone 14・15・16 | iPhone 18 Proの発表文の一節 |
そして、この置き場所の移動が何を語っているかというと、無料期間を延ばすこと自体がもう特別な出来事ではなくなり、毎年の事務処理に近いものになった、ということですね。2023年の時点では「無料期間を延ばします」という告知がそれ自体で一本の記事として立っていたのに、いまは新機種の価格や発売日、下取りの案内などと同じ扱いで、発表文の末尾に事務的に並べられるところまで軽くなっています。しかも規定を書いたサポート文書の方は放置されたままで、日本語版も「iPhone 14以降のアクティベーション後2年間は無償で利用できます」という当初の書き方で止まっています(日本語版の公開日は2025年10月13日)。3回も延ばしておいて、規定の本文が一度も追いついていないわけです。。
「無料」の原価を、Globalstarの決算から割り出す
では、この無料はAppleにとっていくらの買い物なのでしょう。ここが今回いちばん知りたかったところで、幸いなことに答えの半分は公開資料に載っています。衛星の側を持っているGlobalstarは米国の上場企業で、2022年9月のSEC提出書類には、Appleが承認済み設備投資の95%を負担すると書かれています。その代わりに、Globalstarは自社ネットワーク容量の85%をApple向けのサービスに割り当てます。ネットワークの容量の大半を、Appleが長期の契約で先に押さえてしまっている形になっていて、Globalstarの側から見れば、売り先も売る量も最初から1社に決まっている商売ということになりますね。
そのうえでGlobalstarの決算を見ると、売上の区分に「wholesale capacity services」(卸の容量サービス)という項目があり、これがAppleへ衛星の容量を卸している分にあたり、金額もそのまま公開されています。2025年通期の決算発表によると、この区分の売上は1億7,273万1,000ドル、1ドル=154.18円(2026年9月10日の実勢、以下同じ)で換算すると約266億円でした。同社の年次報告書は、この取引先1社だけで総売上の63%を占めると開示しています。Globalstarという会社はもはやApple向けの衛星回線を売るための器に近く、その器の維持費をAppleが払い続けている。そんな関係が数字の側から透けて見えてきます。

伸び方も並べておきます。2024年の決算発表と合わせて見ると、2023年が1億906万7,000ドル(約168億円)、2024年が1億4,529万9,000ドル(約224億円)、2025年が1億7,273万1,000ドル(約266億円)です。2年間で1.58倍、年平均では25.8%の増加になります。機能が緊急SOSだけだった時期から、メッセージやロードサービスまで増えた分がそのまま金額に出ている、と読めますね。
そして本題の割り算です。Appleは機種別の販売台数を公表していないので、対象台数はこちらで置くしかありません。ここでは、iPhone 14・15・16の3世代が世界でどれだけ現役で動いているかを5億台から7億台という幅で仮に置いたうえで、2025年の支払い額をその台数で割ってみます(台数は推測です)。
- 1億7,273万1,000ドル÷7億台=0.2468ドル=1台あたり年38.0円
- 1億7,273万1,000ドル÷5億台=0.3455ドル=1台あたり年53.3円
自販機の缶コーヒーが150円ほどですから、その3分の1以下で1年分ということになります。金額の桁だけ見れば、ほとんど誤差のような支出です。台数の置き方をかなり乱暴に変えて、たとえば3億台まで絞ってみても1台あたり年88円にしかならないので、どう転んでも結論は同じところに着きます。これだけ安ければ、有料化の判断を急ぐ理由が社内で出てこないのも分かる気がします。Appleが「無料で付けています」と言っている機能の原価は、1台あたり年間数十円の世界だということですね。
有料化するなら、月いくらが妥当か
ここまで安いと、では有料化したときにいくら付けるのが妥当なのか、という話になります。比べる相手として分かりやすいのが、登山や船で使われている専用の衛星メッセージ端末で、こちらは各社が公式サイトに価格を出しています。ZOLEOが月19.99ドル(約3,082円)から、SPOT Xが12か月契約で月11.95ドル(約1,842円)からという水準です。
| サービス | プラン | 月額 | 年額(円換算) | 含まれるもの |
|---|---|---|---|---|
| Appleの原価(試算) | ― | ― | 1台あたり約38〜53円 | Globalstarへの年間支払いを、対象台数5億〜7億台で割った値 |
| ZOLEO | Prepare | 19.99ドル | 約36,985円 | 衛星メッセージ月50通、SOSの24時間監視。別途加入料19.99ドル |
| ZOLEO | Protect | 34.99ドル | 約64,737円 | 衛星メッセージ無制限 |
| SPOT X | Basic | 11.95ドル | 約22,109円 | 12か月契約の場合。別途加入料29.95ドル |
| SPOT X | Unlimited | 29.95ドル | 約55,412円 | メッセージ無制限 |
並べてみると開き方が極端で、Appleの1台あたり原価38円に対し、いちばん安いSPOT Xのベーシックが年22,109円ですから、581倍の差になります。ただ、これは専用機の会社が高く売りすぎているという話ではなくて、商売の構造がそもそも違うということですね。専用機の側は加入者1人ずつから設備費を回収していく商売なのに対して、Appleは容量の85%をまとめて買い切ったうえで、その固定費を世界で動いている数億台のiPhoneで割っているという、まったく別の商売になっています。元製造業の目で言えば、これは金型代を生産数で割るのと同じ構図です。数が桁違いになれば、単位原価も当然のように桁違いまで下がります。専用機の会社が同じ土俵で価格を下げようとしても、そもそも割る母数が違うので勝負になりません。
そこで、有料化したときにAppleがどこで採算に乗るのかも出してみます。Globalstarへの年間支払い266億円を回収するのに必要な加入者数を、価格ごとに割ったのがこちらです。
- 月0.99ドル(年約1,832円)なら1,454万人。7億台のうち2.08%
- 月2ドル(年約3,700円)なら720万人。同1.03%
- 月4.99ドル(年約9,232円)なら288万人。同0.41%
つまり対象機種のわずか2%が月1ドル(約154円)を払ってくれれば、衛星網への年間支払いは全部戻ってくる計算です。Appleが取り得る価格帯は月1ドルから3ドル(約154円から463円)あたりに収まり、その水準でも充分すぎるほど釣りが来ます。私の見立てとしては、単品で月額を立てるよりApple Oneのような束の中に混ぜる形が現実的で、単品なら月1ドル(約154円)前後だろうと思います(ここは推測です)。専用機と同じ月20ドル(約3,084円)を取れる余地は、機能の幅から考えても無いでしょうね。
中国本土版だけが外れている理由
そして中国の話です。Appleのサポート文書には、アルメニア、ベラルーシ、中国本土、キルギスタン、カザフスタン、ロシアで購入したiPhoneは衛星接続の提供対象外と明記されています。判定の基準が購入地なので、中国本土で買った端末を日本へ持ち込んだところで衛星機能は対象外のままで、つまり今回の「1年延長」というニュースは、中国本土版を使っている人にとっては最初から関係の無い話ということになります。
ところが面白いのは、当の中国では衛星通信がむしろ売り文句になっているところです。華為(ファーウェイ)はMate 50シリーズ(2022年)で北斗衛星によるメッセージ送信を載せ、Mate 60 Pro(2023年)では天通衛星を使った衛星通話に対応しました。実際にMate 70 Pro+の公式仕様ページを開くと、天通衛星通信と北斗衛星メッセージの両方が並んでいます。小米(シャオミ)や栄耀(オナー)の上位機種も同じ方向へ進んでいます。衛星対応というのは中国のハイエンド機ではもう珍しいものではなくなっていて、むしろ載っていない方が仕様表で見劣りする、というところまで来ています。
ただ、その華為の仕様ページにも但し書きが付いていて、北斗の機能は中国大陸のみ対応で香港・マカオ・台湾は対象外、天通の方は通信事業者側での契約が別に必要と書かれています。要するに衛星は、どちらの陣営でも国境で切られているわけです。Appleは中国本土で売る端末から機能を外し、華為は中国大陸の外で機能を外していて、同じ空の上を衛星が飛んでいるにもかかわらず、地上の線引きの方が先に効いているわけです。おそらく理由は技術ではなく、衛星通信の周波数と免許が国ごとの管轄にあることで、外国企業が自前の衛星網で国内の通信を担うのを中国が認めていない、という筋だと思います(これは推測です)。
値付けの感覚も並べておくと参考になります。天通の衛星電話サービスは中国電信が運営していて、China Dailyの2020年の記事では専用端末が5,999元から、通信料が年1,000元で720分という値付けでした。6年前の数字ではありますが、中国では衛星通話がはっきり有料の商品として売られてきました。そこにAppleが「無料で付けます」と言いながら入ってこられない構図は、なかなか皮肉が効いていますね。
小龍的にはこう思った
小龍的には、Appleは有料化を決めきれずに先送りしているというより、延ばした方が安いという計算がとっくに済んでいるのだと思っています。というのも、2024年10月に結び直した契約で、Appleは設備の前払いとして最大11億ドル(約1,696億円)を出し、さらにGlobalstarの事業会社の20%分を4億ドル(約617億円)で取得しています。合わせて15億ドル、約2,313億円という規模で、2022年に公表した4億5,000万ドル(約694億円)の投資も含めて考えると、支払いの大半は実際に使われた台数や通信量とは無関係に、契約を結んだ時点で先に決まってしまう固定費なんですね。
固定費を払い終えた設備に古いiPhoneをつないでおく追加費用はほぼゼロなのに対して、有料化に踏み切った瞬間から、請求の仕組み、国ごとの税と規制の処理、返金の対応が要ります。それに「課金したのに圏外で使えなかった」という問い合わせまで発生します。天秤にかけるまでもなく、無料のまま置いておく方が安いという計算です。年に一度も使わない人が大半の機能に月額を立てると、入ってくる金より面倒の方が先に増える。それなら無料のまま配って、いざという時に助かったという評判を積み上げた方が、iPhoneを買う理由として月1ドル(約154円)よりずっと高く売れている、という判断でしょう。
ついでに言えば、Appleは出資で20%の持分を持っているので、払った金の一部は持分の価値として戻ってくる側にも回っています。買い手であり株主でもある立場で、相手の売上の63%を握っている。こうなると価格交渉の主導権は完全にApple側にありますから、有料化を急ぐ動機はますます薄くなりますね。
画蛇添足 One more thing…
ちなみにこの機能、小龍茶館でも実際に人を助けた例を扱ったことがあります。2023年7月にイタリアの山で遭難した2人の観光客が、iPhone 14の衛星経由緊急SOSで救助された件です。1台あたり年間38円の原価で人の命が助かるなら、費用対効果としては破格でしょうし、Appleが有料化をためらっている本当の理由も、案外このあたりにあるのかもしれません。値段を付けた瞬間、助からなかった人の話が値段の話になってしまいますから。。
記事は以上です。
(記事情報元:Apple(iPhone 18 Pro発表文)、Apple(衛星通信機能のサポート文書)、Apple(2023年の延長発表)、Apple(4億5,000万ドルの投資)、Globalstar(2024年のSEC提出書類)、Globalstar(2025年通期決算)、ZOLEO、SPOT、華為(Mate 70 Pro+仕様)、China Daily)
※記事中の画像はイメージです。円換算は1ドル=154.18円(2026年9月10日の実勢)で計算しています。



