ティム・クック氏がCEOとしての最終日を迎えた9月1日、ブルームバーグは在任15年の成績を「株価2,300%上昇、後任ターナスには重い宿題」と総括しました。その翌日、CNBCが「Apple株が20年ぶりのことをしている」という記事を出します。ナスダック100との相関が2005年以来の逆相関になり、AI関連が売られる日にAppleが買われるという現象が続いているのです。クックの15年を数字で振り返り、なぜ今Appleが「AI相場のヘッジ」と呼ばれるのかを整理します(円換算は1ドル=159円、以下同じ)。

15年で+2,736%、時価総額は13倍
クック氏がCEOに就いたのは2011年8月24日。ブルームバーグの集計では、退任日の9月1日までにAppleの株価は2,275%上昇、配当を再投資した総リターンでは2,736%です(IT之家経由)。時価総額は3,500億ドル未満から4.6兆ドル(約731兆円)へ、約13倍になりました。

同じ15年でS&P500の総リターンは769%、ナスダック100は1,512%。Appleはナスダック100の1.8倍、S&P500の3.6倍で走ったことになります。「ジョブズ後のAppleは終わる」と言われた2011年に100万円を入れていたら、今ごろ2,836万円です。
節目を並べると、1兆ドルが2018年8月、2兆ドルが2020年8月、3兆ドル(終値)が2023年6月、4兆ドルが2025年10月。最初の1兆ドルに7年、次の1兆ドルに2年、その次に3年、そしてまた2年。iPhone依存と言われ続けながら、Apple WatchとAirPodsとサービス事業で「iPhone以外」を育てた15年でした。報酬パッケージと初日の様子は昨日の記事にまとめてあります。
【新CEOターナスの報酬は約93億円、クック会長は約75億円】初日に「来週は驚異的なローンチ」と予告。SEC文書はクックの職務を「トランプ政権と中国政府との関係」と明記
ナスダック100との相関が「マイナス0.82」、2005年以来
CNBCの分析(ThinkOrSwimのデータ)によると、Apple株とナスダック100の30日相関は9月2日時点でマイナス0.82。先週木曜にはマイナス0.86まで下がり、これほどの逆相関は2005年以来だそうです(CNBC、Quartz)。相関がマイナスということは、指数が下がる日にAppleが上がる傾向が続いているということです。
- 9月1日(火): ハイテク株が売られる中でAppleは+2.6%
- 直近1ヶ月: Apple +7%、ナスダック100は+1%
- 年初来: Apple +20%、ナスダック100は+15%(上半期は指数に負けていたが逆転)
- 1日のオプション取引量は30日平均の2倍、コール150万枚に対しプット70万枚と強気に偏る
2005年といえば、iPhone登場の2年前、AppleがiPodの会社だった頃です。当時のAppleは指数の中で小さな存在だったので、指数と逆に動いても不思議はなかった。ところが今のAppleは時価総額4.6兆ドル、ナスダック100の中核銘柄です。指数の中身そのものが、指数と逆に動いている。これが「20年ぶり」の意味です。
なぜ「AIのヘッジ」なのか。答えは設備投資の額
理由はシンプルで、AppleがAIにお金を使っていないからです。

2026年の設備投資計画は、Amazonが約2,000億ドル、Microsoftが約1,900億ドル、Alphabetが1,750〜1,850億ドル、Metaが1,150〜1,350億ドル。4社合計で約7,250億ドル(約115兆円)、前年の4,100億ドルから77%増で、大半がAI向けのデータセンターです(Yahoo Finance)。これに対してAppleの2025会計年度の設備投資は127億ドル(約2.0兆円)(10-K)。前年比35%増えてこの額で、4社合計の57分の1です。Metaの1社分と比べても10分の1。
Roundhill InvestmentsのCEO、デイブ・マッツァ氏の言葉がすべてを言い表しています。「AI相場が疑われたとき、Appleは一緒に売られない。最初からそのリスクを背負っていないからだ。Appleはナスダックの中のヘッジになった」。この1年、Appleは「AIで出遅れた」と叩かれ続けました。Siriの刷新は遅れ、自前の大規模モデルもない。ところがAI投資の回収を市場が疑い始めた途端、投資していないことが「傷を負っていない」と評価に変わった。皮肉な話です。
中国視点、AIに賭けない会社が中国で強い理由
中国から見ると、この構図には見覚えがあります。中国のAI投資の代表格アリババは2025年2月に3年間で3,800億元(約8.9兆円)をAIとクラウドに投じると発表しました。大きな数字ですが、米4社の1年分の13分の1です。中国のハイテク大手は、米国勢のような「年10兆円単位」の設備投資競争には最初から加わっていない。DeepSeekに象徴される「安く作る」路線です。
Appleはその中国で、AIを自前で持たずにやってきました。中国向けのAI機能は現地パートナーに頼る方針で、データセンターも持たない。「AIを持たない」ことが、規制の厳しい中国市場では身軽さになる。米国でヘッジとして買われる理由と、中国で生き残ってきた理由は、実は同じ「投資していない」という一点に行き着きます。
ターナスへの宿題は「2,300%の次」と「AIをどうするか」
ブルームバーグの見出しどおり、ターナス新CEOの宿題は重い。クック氏は「ジョブズの次」という最悪のプレッシャーで始めて13倍にした。ターナス氏は「13倍の次」から始めます。しかも市場は今、AppleにAIを期待していない。期待されていないからこそ株が買われているという、居心地の悪い追い風です。
来週9月9日には折りたたみiPhone Ultraが出ます。ハードウェア一筋25年のエンジニアが、就任1週間で最も派手なハードウェアを発表する。AI投資に距離を置いたまま、ハードで株価を支える。それがクック時代の最後の1年に固まった「Appleの型」であり、ターナス氏はまずその型を継ぐところから始めることになります。型を変えるかどうかは、AI相場の答えが出てからでも遅くない。市場は今、そう言っています。
記事は以上です。
(記事情報元:Bloomberg、IT之家、CNBC、Quartz(Yahoo Finance)、設備投資はYahoo FinanceとApple 10-K、時価総額の節目はFast Company)
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