“Think different.”….Apple社が掲げるプロモーションのキャッチコピーだ。日本語では「発想を変える」、「ものの見方を変える」、「固定概念をなくして新たな発想でコンピュータを使う」などいくつかの言葉に訳されているが、どうもしっくりくるものがない。
Appleにとってはキャッチコピーだが、Appleファンにとっては、毎年嬉々として徹夜でApple Storeに並んだり、Appleの製品(特に新ジャンルの一発目の製品)にありがちな各種の”Apple製品独特の不便さ”を我慢して受け入れるための一種の「心の支え」のようになっているような気もしないでもない。
しかし創立から40年、Appleはかつてない規模まで成長し、世界で最も市場価値の高い、そして他のどのコンピュータ企業よりも大きい会社になってしまった結果、本当に”Think different.”ができているのかどうか。。中国のメディアiFanrが面白い記事を書いているので意訳を含めて紹介したい。
▼スティーブ・ジョブズ本人の声による、CRAZY ONES(Think different.)のCM。日本語字幕付き
“マイナー指向”が抱える難しさ
以前のApple製品を見た人の、最も自然な最初の反応は”とてもキレイだ、美しい”、そして2つ目の反応は”でもどうやって使ったらいいのかわからない感じ”だったのではないだろうか。
Appleの暗黒時代には、かつて隆盛を誇ったApple IIが次第にパーソナルコンピュータ市場でその地位を失い、Macintoshのシェアもますます低下する中、Apple製品はだんだん”マイナー指向”の製品となっていった。当時のApple製品は外観からUIまで、非常に時間をかけて心を込めてデザインされていた。例えば”美しくて思わず舐めたくなる”とまでいわれた【Aqua】UIなどだ(下図)。
そしてあのカラフルなiMac G3など。。持っているだけでかっこよかった。”珍しければ珍しいほど価値がある”という状況下では、70年代或いは80年代生まれのAppleファンは、新しいApple製品を見た時、Apple製品だというだけで瞬間的に惹きつけられたのではないだろうか。
しかし毎回新製品が出るためにこうも思われていたのではないだろうか。Appleの製品は殆ど誰も使っていないので、いつも使っているあのアプリはそのまま使えるのだろうか?と。そして、Apple製品を持っている人が少ないので、使い方がわからなくても誰に質問したらいいのだろう?と。
ただ、いったんApple製品を買って「Appleファン」になってしまうと、街中にあまりにダサい他のメーカーのPCが満ちあふれているの気づき、そして街中では殆ど見かけることのないかっこいいApple製品を持っていることを自覚し、“私は他の人と違うんだ!”という一種の誇りに似た感情を抱くのだった。そしてApple製品独特の不便さに直面したとしても、我慢するかそれを寛容に受け入れることができたのだ。
Apple製品への思い入れは、もしかしたらその製品の欠点に対するものだったのかもしれない。そして製品の欠点が更にその製品への思い入れを強くしていたのかもしれない。それほどApple製品はなぜか人を惹きつけていたのだった。ただし、本当に一部のマイナーなユーザーを。
Appleの”マイナー指向”そのものが、Appleファンが”Think different.”と感じる源流だった
しかしiPod、iPad、iPhoneの成功で、Appleは本当の意味でのメジャーの仲間入りをしていく。ミュージシャンでもアプリの開発者でも、誰もがAppleを中心に世界が回るようになった。Apple製品のサポート内容はますます多くなり、Appleの製品はますます簡潔になり、UIもどんどん使いやすくなり、そしてApple製品の価格もどんどん安くなり、結果、ますます多くの人がApple製品に触れたいと思うようになり、また実際に購入できるようになった。
今日の90年代以降生まれの若い人達は、もしかしたらAppleが嫌いになったとしても、もう既にAppleのエコシステムに取り込まれてしまって抜け出せなくなっているかもしれない。街中で野菜を買っているおばさんも、工事現場のガードマンも、猫も杓子もiPhone・iPadを使っている状況の中で、自分がiPhoneを使っていても何かかっこつけられるだろうか?
“マイナー指向”だったApple製品が、現在ではもう圧倒的な”メジャー製品”になってしまっているのである。
簡単にいえば、Appleはその40年の歴史の中で、以下のパラドックスをずっと抱えてきたということになる。
「Macintoshのようなマイナー路線で新しく素晴らしいものを目指すのか、それとも全く無味乾燥なApple IIのようなメジャー路線を目指すのか」。
“Think different.”が既に”当たり前”になってしまった
ティム・クック(Tim Cook)が正式にスティーブ・ジョブズに指名されてCEOになったときに公開したコメントは以下の通り。
私たちは皆さんがAppleは全く変わっていないということを確実に知るだろうと思います。私はAppleが独特の文化と価値を持っていることを嬉しく思いますし、こういった価値を大切なものだと思っています。ジョブズがこのような他の会社と違った文化を創り上げました。私たちは引き続きそれを守っていきます。これが私たちのDNAなのです。
ティム・クックがCEOになってから数年、確かに明らかにAppleの価値観が変わったということはなさそうだ。Appleのデバイスは今でもデザイン偏重だし、iPhoneは薄くしてかっこよさを保つためにバッテリー容量を増やそうとはせず、12インチMacBookは2つしかコネクタを残さなかった。こういったやり方はジョブズの、人に愛されたり時には逆にひどく憎まれたりというスタイルを踏襲しており、大勢の人が昔からのあのAppleの”物足りなさ”を我慢している。
もしかしたら、変わったのはAppleではなくてAppleのライバル達なのかもしれない。
- iMac G3がリリースされた時、ビル・ゲイツはAppleを軽蔑して、”唯一勝っているのは色だけだ”と批判した。
- iPodがリリースされた時、ビル・ゲイツはAppleがソフトだけではなくハードまでコントロールして、ユーザに更に多くの選択をもたらすだろうと語った。
- iPhoneがリリースされた時、スティーブ・バルマーはAppleはユーザを惹きつけられないだろうと批判していた。なぜなら、キーボードがないから。
- MacBook AirとiPadがリリースされた時、Acerの施振榮CEOはあれらはただのブームで、伝統的なPCがいずれは復活すると宣言した。
しかし今になってみると、以下の事実が厳然と存在する。
- 現在殆どのスマートフォンがFlashをサポートしていない。
- 世界でもキーボードとスタイラスを備えているスマートフォンの方が非常に珍しくなってしまった。
- 多くのメーカーが金属シャーシを採用し、ユーザがバッテリーを交換できない方式に変えた。
- どのメーカーもともかく薄いスマートフォンの実現を目指している。
まずは何がイノベーションなのか、何がパクりなのかという議論や、業界内でAppleをパクっているところがないかどうか、または逆にAppleが”偉大な芸術家は盗むものだ”としてパクりを堂々とやっているかの議論は置いておいて。。
現実的に、Appleのライバルは少なくともAppleの”DNA”を学び、コピーしているのは間違いない。Appleがデザインを優先し、人と機械のインタラクティブを重要視し、その成功してきた道、そしてAppleが掲げている精神の”Think different.”まで「学習」しているのだ。
今日、本屋に入ると、ビジネス書籍のところには棚いっぱいにAppleとスティーブ・ジョブズがいかに成功したか、という本が並んでいる。そしてどんなイノベーションを起こそうとしているチームも、そしてジョブズを慕う大勢の人達も、口々に”世界を変える”というスローガンを唱えている。ティム・クックは当然スティーブ・ジョブズ本人ではないが、彼もまた”Think different.”の学習者である。
伝統的なコンピュータが既に落ち目となり、みんながよりクールで、しかもより人間性を持ったデバイスを作り始め、街中が全て”Think different.”のものだらけになったら。。そして全てのスマートフォンやパソコンが”Think different.”の産物になったら。。いったいどのデバイスが”Think different.”ではない、といえるだろうか?(上の画像を見れば明らかだ)
そして、今となっては”Think different.”な製品と呼べるものがあるだろうか?もはや、もうないのである。
“Think different.”は、変化を恐れないこと
Appleが誕生してから40年、多くの人からAppleは凡庸になってしまい、もう”Think different.”ではないと指摘する声も上がっている。しかしもしかしたら、Appleがもう”Think different.”ではなくなっているのではなく、逆に全世界がみな”Think different.”になってしまい、その結果、本来”different.”だったものが”凡庸”に変わってしまい、そして世界全体が”凡庸”に向かってしまっているのではないだろうか。
しかし、歴史というのは常に繰り返されるものだ。
40年前の1976年、ジョブズは当時の重たい”グレーの金属の箱”から脱却するため、1500ドルを使って他人にApple IIのデザインを依頼し、そしてあのベージュ色の筐体ができあがった。その後ベージュ色は非常に多くの人に歓迎され、Apple IIはあっという間にメジャーな製品となった。そしてそのベージュのデザインはMacintoshにも受け継がれ、Apple以外の世界中のPCもあっという間に同じようなベージュのデザインになっていった。
そして1998年。ジョブズがアップルに復帰し、まずコンピュータ業界に蔓延るベージュ色のプラスチックのスタイルを払拭しようとした。そしてあの輝かしいiMac G3をリリースし、そのキャッチコピーとして大きな文字で「Sorry, no beige.(すみません、ベージュはありません)」と書いたのだった。
Appleとジョブズはその後アルミを削り出した一体成形のMacBookとiPhoneをリリースし、ユーザの工業デザインに対する認識を変えさせた。しかし思い出して欲しい。結局最終的にコンピュータはまた”グレーの金属の箱”に戻ったのだ。
グレーの金属の箱からベージュのプラスチックの箱、そして透明色のプラスチックからまたグレーの金属の箱に回帰した。これこそが本当の”Think different.”で、固定観念に縛られず、常に変化していくこと、なのかもしれない。
ティム・クックの時代になったAppleは、最近も各種の挑戦をしている。
- 2013年、AppleはこれまでのiPhoneの金属デザインから脱却し、プラスチック筐体のiPhone 5cをリリースした。具体的な台数は発表されていないが、しかしこの製品は成功しなかったといわれている。
- 2014年、AppleはApple Watchでモバイルデバイスに変革をもたらそうとしたが、現在でもそれほど明らかな成果は見えていない。
- 2015年、AppleはiPhone 6sシリーズの3D Touchによってインタラクティビティに変革を起こそうとしたが、実際我々の習慣を変えるまでには至っていない。
我々には未来を予測することはできない。Appleはもしかしたら失敗するかもしれないし、もしかしたらApple IIをMacintoshに変えたようにもう一度成功するかもしれない。もしかしたらグーグル(Google、正確には持ち株会社のアルファベット=Alphabet)等の他の企業の市場価値がAppleを超えてずっと上に行くかもしれない。
しかしAppleファンにとって、Appleの株価の上下などは実はどうでもいいのだ。そしてAppleが毎回世界を変えるかどうかについても、正直それほど気になる問題ではない。製品の上にAppleのあのロゴがあるだけで、価値観を共有できる親友の間ではその製品を巡ってああでもないこうでもないという話ができるのだ。
Appleの次の40年が楽しみだ。マイナーになることを恐れずに、”Think different.”を続けてほしいものだ。そしていつかはまた世界を変え、人類を前進させてほしいものだ。
記事は以上。
(記事情報元:iFanr)