ジョニー・アイブが火付け役に?iWatchとスイスの機械式腕時計、本当に一戦を交える日が来るのか

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iWatchが出ると、スイスの機械式腕時計業界に迷惑をかける?

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“Switzerland is in trouble”。

米Apple(アップル)社のデザイン総責任者で上級副社長のジョニー・アイブ(Jonathan Ive)が、ニューヨークタイムズ(New York Times)の取材でそのように語ったという。彼が語った言葉が”in trouble”なのか、もっときつい言葉で”screwed”なのか、映像がないので正確なところはわからないが、要はアイブの言いたいことは「iWatchはスイスの機械式腕時計業界に大きなショックをもたらす」ということだ。かなり挑発的な言葉といえるだろう。

ジョニー・アイブが火付け役となって勃発しそうな、iWatchとスイス時計業界の戦争について、中国のメディアiFanr(爱范儿)が面白い記事をまとめているので、意訳や追記もしつつ紹介したい。

AppleのiWatchとスイス時計業界の戦争が勃発?

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ジョニー・アイブの上記の一言は大きな波紋を呼び、世界中のBBSではスイスの時計業界とiWatchの戦争が始まるのではないかというきな臭い論評が目立っている。

1つの典型的な観点として、スイスの時計は高級品路線で、芸術性と高級感を売り物にしているのに対し、iWatchはその機能で勝ちをとりにいくというものがある。

最も重要なのは、スイス製の腕時計はラグジュアリー(贅沢)な印象を与えるのに対し、Appleの製品はエレクトロニクス製品の中では高級な部類に入るが、販売価格はスイスの超高級腕時計のそれと比べれば比較にならないほど安くなるはず、ということだ。

スイス時計業界はかつて試練を乗り越えてきた

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以前起こったことを忘れず、今後発生することの鑑とするのは歴史に対する正しい姿勢だ。

スイスの腕時計業界の現在の輝きは、彼らがずっと創業からあぐらをかいていた結果ではない。

20世紀の70年代末、当時の世界の人々のスイスの時計業界に対する心情は、2008年のリーマンショック時の世界経済の落ち込みに対する心情よろしく、恐慌状態だった。というのは、スイスの機械式時計よりも遙かに正確で圧倒的に価格が安い、日本のSEIKOが製品化したクォーツ時計が、ヨーロッパ人が培ってきたその傲慢さの影で凄まじい勢いで成長し、世界を席巻してしまったからだ。

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人々は呆然とし、誰もが一体何をすればいいのかわからないほどだった。人々がようやく正気を取り戻した頃には、スイスの時計の輸出量は8,200万台から3,100万台にまで落ち込み、半数の時計製造メーカーが倒産し、業界に従事する人も全盛期では19万人もいたのが3万人にまで減ってしまい、瀕死の状態になってしまった。

人はこれを「クォーツショック」と呼ぶ。

中国で著名な評論家・呉暁波はこの「クォーツショック」の歴史を振り返ってこう言っている。

「その短い6、7年で、スイスの時計業界は壊滅状態にまで追いやられ、全世界での時計のシェアが45%から一気に15%にまで落ち込んでしまった。1,000以上もの時計製造メーカーが倒産し、10万人以上の技術者が職を失ったことは、700万人しか人口がいないスイスにとってはとてつもなく大きな衝撃で、殆どの人がスイスの時計、特に機械式時計がその終焉を迎えたと感じたほどだ。」

過去の歴史はある1つの事実を物語っている。それは、時計業界の中で、価格は絶対の壁ではなかったということだ。日本人のかつての成功は、スイスの時計業界を圧倒的に制してしまった。

数字から見る、スイスの時計業界全体から見ればそれほどラグジュアリーではない事実

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更に上記でもう1つ注目しなければならない数字は、スイスの時計の輸出量が最大で8,200万台というとてつもない台数になっていたことだ。ただ、海外の雑誌の統計によれば、2011年のスイスの腕時計の輸出量は2,980万台で、販売総額にして193億スイスフラン(約2兆1,700万円)にのぼる。
実は現在でもかなりの規模で輸出が行われている。スイスの時計業界は死ななかったのだ。

しかしそこから導かれる数字をみれば、2011年のスイスの腕時計の輸出平均単価は約73,000円ほどであることがわかる。簡単な算数でわかるだろう。この統計をとった雑誌によれば、スイスの腕時計の平均輸出価格は約688米ドル(約72,300円)で、平均小売単価は685米ドルということ。円安の現在で換算すればそれなりにつじつまが合う計算だ。

そして、スイスの腕時計の輸出単価は329米ドルだったという。もちろん小売の販売額と輸出額の間に差があるのは当たり前だが、実は平均という数値を見れば、スイス製の腕時計というのはそんなに高くないことがわかる。

当然、数百円の値段で輸出される中国の腕時計などとは比べものにならないほど高いのだが。

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もちろんパテック・フィリップ(PATEK PHILIPPE)、ジャガー・ルクルト(JAEGER-LECOULTRE)、ブランパン(BLANCPAIN)、ロレックス(ROLEX)、オメガ(OMEGA)等のスイスの腕時計を代表する最高水準の名ブランドなどは別格で例外だが、毎年約3,000万個ほど輸出されるスイスの腕時計のうち、殆どはティソ(Tissot)やラド(Rado)など、せいぜい1万円か2万円ほどの腕時計が占めていることになる。また名ブランドの時計は利益率が遙かに高く、1つ売れれば安い腕時計を100個売るよりも利益が大きいとまでいわれている。

上記のデータは2つめの事実を表している。スイスの腕時計の基礎は数万円という思ったより高くない腕時計によって構成されているということで、ラグジュアリーな高級腕時計だけがスイス製腕時計の全てではないということだ。というよりむしろ超高級ブランドは少数派といえる。

スマートウォッチの現在の苦戦と、スイス時計業界の危機を乗り越えた復活

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さて現在、まだ製品の発表さえされていないiWatchの販売価格は、推測や噂では299〜499米ドルといわれている。Appleのこれまでの一貫した値付け戦略からすれば、iWatchの販売価格は「普通の」スイス時計よりうんと低くなるようなことはないだろう。

既に各社から販売されているスマートウォッチは、とても売れているとは言い難い状況だ。その原因の一つは、見た目がかっこ悪いというのが非常に大きいようだ。

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しかし従来の腕時計そのものがかっこ悪いという話はあまり聞いたことがない。腕時計の美しさとは、人類最高の工芸と技術がつまった機械構造とその質感そのものなのだ。しかし従来のスマートウォッチはそこに余計な贅肉をつけたり質感を削ってしまっている。

スイス時計職人

上記の通り、時計業界の人にとって、前世紀70年代のスイス時計業界を襲った「クォーツショック」、つまり日本のクォーツ時計がスイスの機械式時計に大ダメージを与えたこの歴史的事件は現在は落ち着いており、スイスの腕時計も以前よりは規模を小さくしながらいまだにその輝きを保っている。

スイス人がこの危機を乗り切った主な原因は以下の3つに集約されるだろう。

1. やり方を変えるのではなく、より質を高めることに集中し、ハンドメイドの機械式時計にこだわり続けた
2. 業界の統廃合(M&A)を進めて資本を集中し、超大型時計製造グループ、「スウォッチ Swatch」等を作り上げた
3. 地球規模でのブランド戦略を実行し、世界のラグジュアリー消費ブームを牽引した

つまり、こうも言えるだろう。。販売数量や製造数量を増やすことでコストを抑えるようなやり方は、アジアの低廉な労働力に力を借りたアメリカや日本に対して、ヨーロッパはとてもかなわないということだ。しかしヨーロッパの精巧な技術と長い歴史の中で培い蓄積したそのブランド価値や経験は、ファッションや香水ブランドなどと同様に、伝統的な手工芸をもとにした腕時計業界でも、これまでと同様にインターナショナルなマーケットで圧倒的な輝きを保っているのだ。

スイス腕時計業界とスマートウォッチでは消費者層が重ならない?

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機械式腕時計とこれまで販売されているスマートウォッチの間には、上記のような機械的な質感というものに圧倒的な差があるといっていいだろう。メディアもそのように考えているようで、中国の《時尚健康》の時計担当記者は以下のように考えている。

「クォーツショックによる危機が訪れたとき、伝統的な時計製造業は既に自身の訴求について調整を始めていた。彼らはその機械式時計の機械を熱愛する人達にそのターゲットを切り替えていたのだ。そんなわけで、iWatchの市場とスイスの時計が向き合う市場というのはそれほど重ならない可能性がある。そしてiWatchそのものについては、その未来は非常に期待されている。というのも、同類のデジタルテクノロジー製品は今の段階では完全に期待された便利な機能を達成できていないからだ」

また別のオンラインメディア、Sina Fashionの記者も似たような見方をしている。

「ジョニー・アイブのスイスに迷惑をかけるという意見には賛成できない。伝統的な時計製造業は100年の蓄積があり、既に一種の文化を築いている。これは一種の情感の伝承であり、人類の最も原始的なハンドメイドによる工芸技術の結晶と人類の祖先の知恵への尊敬の表れともいえるからだ。iWatchのような製品は時代の産物で、それを受け入れる消費者層と伝統的な機械時計を受け入れる消費層は重ならないと思う」

価格の壁と、違う種類の製品のデザインの差異と、消費者層の差異は、スイスの腕時計業界の一種の「城壁」或いは「城壁を守る堀」となっている。この点ではスマートウォッチのメーカーはどのように感じているかわからないが、SAMSUNG(サムスン)のスマートウォッチGalaxy Gearが大コケしているところを反面教師と捉えれば、恐らく今後デザイン上ではスマートウォッチはより伝統的な腕時計に近いモノになっていくと考えられるだろう。

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個人的には私はOMEGAのスピードマスターのユーザでもあり、Appleのヘビーユーザでもあることから、自分が持つ「モノ」にこだわる人という意味では消費者層は重なると思ったりはするが、重なる人はごく限られるのかもしれない。そこは統計がないからわからない。
ただ、私自身もiWatchがこれまでのスマートウォッチの領域を出ず、今持っている腕時計の代わりにつけてもいいと思えるほどのものでもなければわざわざiWatchを買いたいとは思わない。

AppleのスマートウォッチiWatchの勝算とは?

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ただ、AppleはiWatchに関する情報に関しては貝のごとく口を閉ざしたままだ。今回のジョニー・アイブの発言は例外中の例外で、全く意外なものだったといえるだろう。iWatchの機能、外観、デザインなど我々は何1つ確定した情報を持っておらず、全ては推測に過ぎない。iWatchという名前でさえ、習慣的にそのように呼ばれているだけで、確定されたものではない。

そんな中で、ジョニー・アイブの気概はどこから来るのだろうか?腕時計というのは一人一つしか身につけられない。一人が3つ腕時計を身につけるというようなことはよほどの変わり者でもなければほぼあり得ないだろう。スマートフォンは1人で複数台持っている人がいるのに、である。

ならば、iWatchの勝算は一体何なのだろうか。機能上でイノベーションを生み出すのか、それとも外観デザインで大部分のこれまでの腕時計がひれ伏すほどのものになるのだろうか?

ヒントとなるのは、Appleは今年に入ってからラグジュアリーブランドのバーバリー(Burberry)の元CEOアンジェラ・アーレンツ(Angela Ahrendts)を上級副社長として、またイブ・サン=ローラン(Yves Saint-Laurent)の元CEOポール・ドヌーヴ(Paul Deneve)を副社長として迎えるなど、ラグジュアリーブランドからの人材の引き抜きや登用が多いことだ。これはiWatchをラグジュアリーな腕時計に負けないかそれを凌駕するほどのデザインにすることを目的としているのではないかと考えてもおかしくはないだろう。

AppleのiPodはデジタル音楽時代の潮流に乗り、iPhoneは携帯のノキア(Nokia)一辺倒だった時代を終わらせ、iPadはタブレット時代を新たに作り出したが、それぞれAppleがもともと主力としていたPCの業界とは一線を画するものだった(結果的にiPhoneやiPadの成功はPC業界全体の衰退をもたらしてはいるが)。

これまで、iWatchがスイスの腕時計と一戦を交えるなどと誰が想像していただろう。

iWatchの成功の可否は中国の消費者が握るかもしれない?

スイスの腕時計の消費者層と、iPhoneなどApple製品の主要な消費者層。

今後の世界の市場を睨めば、圧倒的な数と世界第二位のGDPを持つ中国の消費者の動向がその戦局を大きく左右することになりそうだ。

実はこんな中国人が好みそうな龍の紋様の腕時計でさえ、スイスの職人にかかればラグジュアリーに仕上げることができる。Appleにはそれができるだろうか?
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さて、ジョニー・アイブの発言で更に盛り上がるiWatch。来る9月9日(日本時間9月10日午前2時)のApple新製品発表スペシャルイベントでiPhone6と共に発表されるのか?楽しみである。

記事は以上。

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