Appleが【Vision Pro】まわりの組織に大なたを振るった、とBloombergが伝えました。ゲーム部門はほぼ解散、没入型ビデオの制作チームは大幅縮小。Siriと関連ソフトウェアの再編も含めて約200人の削減になるとのことです。Apple自身も人員削減があることを認める声明を出しています。3,500ドルのヘッドセットが世に出て2年半、ひとつの区切りが来た形です。

灯りの落ちたオフィスに残るヘッドセット。画像はイメージです。
何が削られたのか
報道を整理すると、削減はおおむね2つの塊に分かれます。
- Vision Products Group(Vision Pro部門)で約100人 … ゲーム部門はほぼ解散。Apple自身が巨費を投じて制作してきた没入型ビデオも本数を減らし、今後は外部の3Dコンテンツに軸足を移す
- Siriとソフトウェア部門で約100人 … 従来型の音声アシスタントの担当を減らし、AI版Siriの開発職を新設する再編
理由についてBloombergは「顧客の実際の使われ方に合わせた優先順位の見直し」と伝えています。翻訳すると、数百万ドルかけて作った没入型ビデオを、見る人がほとんどいなかった、ということです。
失敗と決めつけるのは早いが、勝算が消えたのも確か
Vision Proは技術としては本物でした。発売当時のレビューは画質と手の追跡について、ほぼ絶賛で一致していました。それでも売れなかった理由は最初から分かっていて、重い、高い、そして装着してまで見たいものがない。この3つが2年半、解決されませんでした。
今回の削減で示唆的なのは、切られたのが「コンテンツを自前で作る」側の機能だということです。ハードの改良は続けられますが、ゲームと映像を自社で用意して牽引する戦略は、事実上降ろされました。プラットフォームは、コンテンツを他人が作ってくれるようになって初めて回ります。Appleが自前の制作をやめるのは、その好循環が起きなかったと認めたに等しいと思います。
飛びついた人たちの、その後の沈黙
Appleの社内数字より雄弁なのは、発売直後に飛びついた人たちのその後だと思っています。
日本では堀江貴文(ホリエモン)氏が発売直後に体験して「すげー」と絶賛していましたが、私の見る限り、以降Vision Proを取り上げた動画は見当たりません。米国も同じです。Casey Neistat氏は発売直後にニューヨークの街中でVision Proを着けて滑走する動画を出し、「人生で使った中で最高のテクノロジー」とまで言い切りましたが、その後、氏のチャンネルからVision Proはほぼ姿を消しました。そして世界最大級のテック系YouTuber、MKBHDことMarques Brownlee氏は2年経った今年、こう明言しています。「買った人のVision Proは、ほとんどがホコリをかぶっている」。氏によればVision Proの動画は再生数も伸びず、3年前のヘッドホンに新色が出た話題にすら負けるそうです。
60万円弱の買い物を絶賛した人たちが、続編を作らず黙って棚に置く。これが実質的な答えです。本当に生活を変える道具なら、買った人が使い続け、話題も続きます。iPhoneがそうでした。Vision Proはそうならなかった。お金持ちとインフルエンサーがインプレッション稼ぎに飛びつき、稼ぎ終えたら静かになった。「顧客の実際の使われ方に合わせた見直し」というAppleの説明と、この外から見える沈黙は、同じ一つのことを指しています。
使い続けているのは、専門性を持ったクリエイティヴな作り手だけ
一方で、今も使い続けている人たちがいます。分かりやすいのが空間アーティストです。日本のせきぐちあいみ氏は、Vision Proの「Spatial Paint」というアプリで空中に直接絵を描くパフォーマンスを続けており、海外の展示会に登壇し、今年はテレビ番組でも実演しています。この機械でなければ成立しない、専門性の塊のような使い方です。
ここからは私の推測です。両者の差が示しているのは、Vision Proはクリエイティヴに専門性を発揮する使い方をして、初めて実力が出る機械だということではないでしょうか。逆に、メールを書く、動画を見る、ブラウザを開くといった普通のPC的な使い方に対しては、視覚的にオーバースペックです。しかも直感的には操作しきれず、視線と指の作法など覚えることが多い。60万円を払ったうえに、慣れる努力まで要求される。この操作性の難が、飛びついた人たちを静かにさせた正体だと思います。
私自身は実機を試したことがありません。ただ、レビュー動画は相当な本数を見てきて、正直「自分には使いにくそうだ」と思いました。買わなかった理由はそれに尽きます。
もうひとつ、時代の巡り合わせもあります。Vision Proが構想された頃、「広い作業空間」は人間のためのものでした。ところが今やAIが作業の多くを肩代わりするようになり、人間が画面を何枚も並べて手を動かす場面そのものが減っています。空間いっぱいのワークスペースという売り文句は、AI時代には響きにくくなっている。これも推測ですが、大きくは外していないと思います。
本命は2027年のスマートグラスに移った
ただし、これは撤退ではなく移動だと見ています。報道でも、2027年に見込まれるAIスマートグラスの開発は続くとされています。そちらは3Dゲームも没入型ビデオも対応しない、つまり今回切られた機能を最初から持たない製品です。
Appleのウェアラブルの本命が「顔に着ける重い画面」から「体に着けるAIの目と耳」へ移っていることは、カメラ付きAirPodsの計画からも見て取れます。あちらも2027年に照準が合わせられました。
カメラ付きAirPods、今年の発売は消えたとの報道。では完成済みのデモ動画は何だったのか
2027年のAppleは、スマートグラス、カメラ付きAirPods、20周年記念iPhoneが束になって出てくる年になりそうです。Vision Proの2年半は、そのための高い授業料だったのかもしれません。
Vision Pro 2を待っていた人へ
誤解のないように書いておくと、Vision Proという製品がすぐ消えるわけではありません。本体とvisionOSの開発は続くとされています。M5を積んだ改良版の噂もあります。ただ、Appleが自らゲームと映像で盛り上げる時代は終わった。買うかどうか迷っている方は、そのことを織り込んで判断した方がいいと思います。
技術の墓場に行く製品ではなく、次の製品の母体になる。Newtonの技術がiPhoneに流れ込んだのと同じ道筋だと、個人的には見ています。。
記事は以上です。
(記事情報元:MacRumors、Bloomberg)
※記事中の画像はイメージです。
