Apple Watch Ultra 4の技術仕様から、GLONASSの1語が静かに消えました。数え直して確かめた部分です。対応する測位衛星は5系統から4系統になったのですが、同じ日に発表された下位モデルのSeries 12のほうは、GLONASSを含む5系統がそのまま残っていて、上位機だけが対応する衛星を減らすという、ふつうとは逆の並びになっています。上位機だけが対応を減らすというのは一見すると妙な話なのですが、衛星が実際に出している信号の周波数まで降りていくと、系統の数を1つ数えるよりもずっと大きな数字が転がっていて、そちらを見たほうが今回の変更はすっきり理解できます。

消えた1語と、残った4系統
まず現物を並べます。Ultra 4の技術仕様の位置情報の欄はPrecision dual‑frequency GPS (GPS, Galileo, QZSS, and BeiDou)
という、周波数の名前を含まない書き方になっています。前の世代のUltra 3はL1 and L5 precision dual-frequency GPS (GPS, GLONASS, Galileo, QZSS, and BeiDou)
という書き方でした。今回の変更ではGLONASSが抜けただけでなく、L1とL5という周波数の名前まで一緒に消えているところが、今回いちばんの読みどころで、ここに上位機だけが対応を減らした理由が隠れていることになるという計算になります。
そしてSeries 12はPrecision L1 GPS (GPS, GLONASS, Galileo, QZSS, and BeiDou)
という書き方で、GLONASSを含む5系統が前の世代からそのまま残りました。上位のUltraが対応を減らし、下位のSeriesが維持するという逆転が起きているという状態です。両者の差は括弧の外に書いてあります。Ultraは2つの周波数を使い、SeriesはL1だけを使う。ここが今回の分かれ目ですね。
| 系統 | L1側の民生信号と中心周波数 | 第2の民生信号と中心周波数 | 1176.45MHz帯 |
|---|---|---|---|
| GPS(米国) | L1 C/A 1575.42MHz | L5 1176.45MHz | あり |
| Galileo(欧州) | E1 1575.42MHz | E5a 1176.45MHz | あり |
| みちびき(日本) | L1C/A 1575.42MHz | L5 1176.45MHz | あり |
| BeiDou(中国) | B1C 1575.42MHz(B1Iは1561.098MHz) | B2a 1176.45MHz | あり(MEOとIGSOのみ) |
| GLONASS(ロシア) | L1OF 1598.0625〜1605.3750MHz | L3OC 1202.025MHz | なし |
表にしてみると、GPSのL5、GalileoのE5a、みちびきのL5、BeiDouのB2aは、名前こそ違うものの、いずれも中心周波数が1176.45MHzでぴたりと揃っています。これは偶然ではなく、航空無線航行用に確保された帯域を各国が相乗りで使っているためということになります。受信する側から見れば、1つの回路で4系統をまとめて拾える、たいへん都合のよい待ち合わせ場所になっているわけということになります。ところがGLONASSだけは、この列が空欄のままです。
Appleはこの変更について理由を一言も出しておらず、仕様表の1行が静かに書き換わっただけという扱いになっているという状態です。ということで、各運用機関が公開している仕様書と衛星の一覧を突き合わせながら、消えた1語の中身がどれほどのものなのかを、実際に何機ぶんの話なのかという形にして、自分で数えて確かめてみます。
第2の周波数で使える衛星は77機、GLONASSは0機
2周波数受信は、同じ衛星から届く2つの周波数の電波を同時に受け取って、上空の電離層を通るときに生じる電波の遅れを、計算で打ち消してしまう仕組みです。遅れの大きさは周波数によって変わりますから、2つ受ければ計算で消せる、という理屈ということになりますね。GPSの公式仕様書IS-GPS-705Jは、L5の搬送波をshall be 1176.45 MHz
と定めています。問題は、この第2の周波数を出している衛星が、いま空に何機いるかで、ここを数えないと1語消えたことの重みが分かりません。
GPSから数えます。L5を積んでいるのはBlock IIFとBlock IIIで、米国沿岸警備隊の一覧を2026年9月12日に1行ずつ数えると、IIFが11機、IIIが10機あり、機体としては21機がL5を積んでいる計算になります。ただし実際に放送している機数はこれより少なめです。gps.govはBroadcasting from 18 GPS satellites (as of July 3, 2023)
、とあり、つまり2023年7月3日の時点で実際に信号を出していたのは18機だった、ということになります。24機体制になるのは2027年ごろの見込みだとしています。ここでは公式が示している18機を採ります。
Galileoは同じ日の一覧で32機中27機がUSABLEで、公式のICDによればE5aは1176.45MHz、みちびきは運用中が5機ですから、ここまでは各運用機関の状態表示をそのまま積み上げた数字になります。BeiDouは少し事情が違います。B2aの公式ICDにはshall not be transmitted by the Geostationary Earth Orbit (GEO) satellites
という一文があり、静止軌道の衛星は最初から対象外だと読めるようになっています。静止軌道の衛星はB2aを出さないと明記されていますから、B2aを出すのはMEOとIGSOに限られることになり、したがって公称構成のMEO24機とIGSO3機で、24+3=27機となります。
足し上げると18+27+5+27=77機、これが2周波数の時計から見た、第2の周波数の在庫ということになります。そしてGLONASSは、24機という堂々たる規模を持ちながら、この77機には1機も入っていません。

ロシアが国連の会議に提出したRoscosmosの資料によれば、GLONASSは2024年2月12日の時点で軌道上26機、運用中24機と、GPSに次ぐ堂々たる規模を持っています。ただし民生用の信号はL1OF、L2OF、L1OC、L2OC、L3OCの5種類で、1176.45MHzはこの中にありません。いちばん近いL3OCでも1202.025MHzですから、L5とは25.575MHz離れていて、同じ回路で相乗りするには遠すぎる場所にあります。
しかも同じ資料の型別の表を見ると、そのL3OCを積んでいるのは26機のうち12機だけで、L1OCとL2OCに至ってはGLONASS-K2の1機のみです。おまけにRoscosmos自身が、これらをopen signals as pre-operational
、つまり本運用前の信号だと書いています。GLONASSの新しい信号は、まだ星座全体に行き渡っている途中なのですね。
もっとも、これはGPSにも刺さる話です。gps.govはL5をPre-operational signal
と明記していて、24機体制になるのは2027年ごろの見込みだそうです。いま高精度をうたっている2周波数測位は、どの系統でも公式には「本運用前」の信号に支えられている、ということになります。
なお、この77機はGPSが2023年7月時点の公式値、Galileoとみちびきが今日の運用状態、BeiDouが公称構成という、性格の違う数字を足したものです。BeiDouの現在の稼働数は、公式の状態表示が署名を要求する作りになっていて、今回は取れませんでした。
日本の空と、中国の空
ここまでは世界全体の在庫の話です。手首の上で本当に効いてくるのは、自分がいま立っている場所の空に何機見えるかです。日本と中国は、この点でずいぶん恵まれた場所にあります。
日本にはみちびきがあります。内閣府の公式の説明によれば、東京付近から見て1機がeight hours at an elevation angle of 70° or more
、つまり東京の空では1機が仰角70度以上の高いところに8時間もとどまり続けるということです。50度以上なら12時間、20度以上なら16時間です。さらに3機が8時間ごとに順番に現れることで、at least one satellite will be located near the zenith
、常にどれか1機が天頂の近くにいる状態が保たれる、という設計になっています。
仰角が高いことの意味は、ビルの谷間や山あいに入ると効いてきます。低い空の衛星は建物や尾根にあっさり隠れてしまいますが、真上に近い衛星は最後まで見えている。系統の数を1つ2つ増やすよりも、天頂に近いところへ1機置いておくほうが、実際の測位にはよほど効いてきます。日本でGLONASSが1系統減っても体感が変わりにくいと考えられるのは、この天頂の1機が効いているからです。
中国のほうはBeiDouの配置が効きます。公式のOS-PSによると、BDS-3はGEOを3機、IGSOを3機、MEOを24機という組み合わせで、GEOは高度35,786kmの東経80度、110.5度、140度に静止します。IGSOは傾斜角55度で、毎日同じ経度帯に8の字を描きます。GEOもIGSOも、どちらもアジアの真上を通る配置になっていて、中国から見れば高い仰角で捕まえやすい衛星が常に頭上にいることになりますね。
中国政府の白書も、この高い軌道の衛星についてmore satellites in high orbits to offer better anti-shielding capabilities
、つまり遮蔽に強いのだと書いています。みちびきと理屈はまったく同じで、高く見える衛星を地元の空に置いておけば、遮蔽物の多い場所でも測位が崩れにくい、という考え方ですね。
ただし、ここには小さな皮肉があります。中国の空でいちばん高いところに居座っているGEOの3機は、先ほどのICDのとおりB2aを出しません。つまり真上の3機は、2周波数の時計から見ると頭数に入りません。地元だから有利という話も、信号ごとに数え直してみると少し表情が変わります。
系統をひとつ落とすと、受信機の何が減るのか
ここからは受信する機械の側の話です。GPS、Galileo、みちびき、BeiDouの4系統は、L1側でも1575.42MHzという同じ中心周波数を共有していて、方式もCDMA、つまり同じ周波数を符号で分け合う作りで揃っています。同じ受信の窓を4系統で共有できる、というのが相乗りが効くという意味です。
GLONASSだけが違います。方式はFDMAで、衛星ごとに周波数をずらして見分ける古い設計です。公式のICDではL1OFが1602.0+k×0.5625MHz、kは−7から+6までと決められていて、実際の搬送波は1598.0625MHzから1605.3750MHzまで広がります。中心の1602.0MHzで比べても、他の4系統の1575.42MHzから26.58MHz離れた場所にいます。
受信する側にとって、これは別の窓をもう1つ開けるという意味になります。同じ周波数に相乗りしている4系統と違って、GLONASSのためには離れた帯域を受ける経路が要ります。衛星ごとに周波数が違うぶん、チャンネルの間の遅延差を測って補正する手間も乗ってきます。部品の数だけでなく、出荷前に確かめる項目まで一式ついてきて、その一式は毎年の新機種でもう一度なぞることになります。MacRumorsが衛星ごとの機器遅延の補正に触れているのは、この話ですね。
元製造業の目で見ると、こういう変更でまず思い浮かぶのは検証の表のほうで、対応する系統がひとつ増えれば、受信の組み合わせ試験も、温度や電源の条件を振った確認も、掛け算で増えていきます。その表は量産に入ってからも毎ロット付いて回ります。逆に1系統を落とせば、その列がまるごと消えます。第2の周波数の在庫が77機のまま変わらないのなら、これは悪くない取引に見えます。
ただし、Appleが本当に回路を減らしたのか、共用の回路で処理だけを止めたのかまでは分かりません。ここは推測です。仕様表から1語消えることと、工場で工程が1つ減ることの間にはそれなりの距離がありますから、そこは慎重に見ておきたいところですね。
小龍的にはこう思った
小龍的には、今回いちばん腑に落ちたのは、むしろSeries 12がGLONASSを残した理由のほうです。あちらはL1だけの1周波数受信ですから、測位の精度はおおむね「何機見えるか」で決まります。だったらGLONASSが持っている24機を足しておいたほうが得になります。周波数が26MHz離れていようが、FDMAで面倒くさかろうが、見える衛星の頭数がそのまま効いてくる世界だからです。
ところがUltra 4は2周波数で勝負する機械で、その土俵に上がるとGLONASSが差し出せる衛星は0機になってしまいます。頭数では24機を抱えている系統が、第2の周波数という条件を1つ足しただけで、きれいに戦力外になってしまうところが面白いところです。77対0という数字を並べてしまうと、外すという判断はむしろ自然に見えてきます。上位機と下位機で答えが逆さまになったことにも、ちゃんと筋が通ります。
それにしても、理由を一言も書かずに1語だけ静かに引き算していくのは、いかにもAppleらしいなあと思います。新旧の仕様表を並べて差分を取る物好きが世界のどこかに必ずいることを、たぶん承知のうえで黙って引き算しているのでしょうね。。
画蛇添足 One more thing…
ちなみに今回、GLONASSだけは現在の運用機数を公式サイトで確かめる経路が細っていました。ロシアの運用機関のページは見に行く場所によって応答が返らず、いちばん新しい公式の数字は、ロシアが国連の会議に提出した2024年2月の資料になります。衛星のほうは国境などお構いなしに地球の上をぐるぐる回っているのに、その一覧表のほうには国境がある。なんとも妙な感じがしますね。
記事は以上です。
(記事情報元:MacRumors、Apple(技術仕様)。衛星の機数と信号の仕様は米国沿岸警備隊、gps.gov、欧州GNSSサービスセンター、内閣府みちびき、中国衛星導航系統管理弁公室、Roscosmosの各公式資料を参照)


