日本でも翻訳版が販売される予定のApple創始者スティーブ・ジョブズのもう1つの伝記新書籍、”Becoming Steve Jobs”の中で、ジョブズが初めて現在のAppleのデザインのトップ、ジョニー・アイブ(Jony Ive)に出会ったとき、すぐにクビにしようとしていたことがわかった。
■Becoming Steve Jobs(現在は英語版のみ、日本語翻訳版も今後発売予定)
アイブ自身が”Becoming Steve Jobs”の著者Brent SchlenderとRick Tetzeliに、”当時ジョブズは私の事務所に来て言ったんだ、「おまえをクビにするつもりだ」ってね”と語ったという。
スティーブ・ジョブズがアイブをクビにしようとした理由
ジョブズがアイブをクビにしようとしたのは仕事上の理由ではなく、ましてや個人的な恨みでもなかった。ただ、当時ジョブズはHartmut Esslinger、Frog Designの創始者で以前AppleとNeXTでデザインを担当していたデザイナーと再度一緒に仕事をすべくコンタクトをとっていたのだ。
Fast CompanyはHartmut EsslingerがプロトタイプのMacintosh(マッキントッシュ、今のMacの原型)のデザイナーとしているが、それは正確ではなく、プロトタイプのMacintoshのデザイナーはJerry Mancockというのが正解。Esslingerは前世紀80年代の所謂アップルコンピュータの”スノーホワイト”デザイン概念の創造者で、この概念はApple IIcで初めて体現された。ジョブズがAppleを追われてNeXTを立ち上げたとき、EsslingerもNeXTに入り、”ブラックキューブ(黒い正方形)”のコンピュータのデザイン概念を創り出したのも彼だ。
ジョブズはアイブの代わりにHartmut EsslingerかRichard SapperをAppleのデザイナーにしようとしていた
ジョブズがAppleに復帰した後、NeXTの従業員をAppleに加入させようとした。Esslingerもそのうちの1人だった。アイブは1992年にAppleに入社したが、その時ジョブズは既にAppleをクビになっていたので、ジョブズにとってアイブは自分がいなかった時代の低迷したAppleにいたデザイナーという存在だったのだ。そんなわけで、ジョブズがもともとAppleにいたアイブをクビにしようとしたのはごく自然で正常な行動といえよう。しかしEsslingerは最終的にはジョブズのいるAppleに戻る道を選択しなかった。
ジョブズは更に、アイブのデザイン事務所をRichard Sapperに譲ろうと考えていた。SapperはIBM ThinkPadのデザイナーだった。しかしSapperはジョブズの誘いを断った。SapperはIBMという安定した大企業をやめてまで、当時のAppleのような身売り寸前の”零細企業”では働きたくないと考えたからだ(彼は昨今のAppleの快進撃を知ってきっと後悔しただろう)。
結果は皆さんご存じの通り
当然、結果としてアイブはAppleにとどまり、更にジョブズと非常に親密な関係となり、Appleが世界一価値のあるテクノロジー企業にのし上がった要因となった数々のイノベーティブな製品のデザインを担当したのは皆さんご存じの通りだ。
画蛇添足 One More Thing
スティーブ・ジョブズによるまるで奇跡のようなAppleの復活劇を支えたのがジョニー・アイブであったのは間違いないが、同時にAppleを身売り寸前まで追い込んだ低迷期のプロダクトデザインをしていたのもアイブであったことは否めない(当時デザインのトップでなかったにせよ)。
このことから、”優れたデザイナーも優れたトップの下で働かないと真価を発揮しない“または”アイブは一人では優れたデザインができず、優れたトップと一緒に仕事をすることで優秀なデザイナーになった“ということがいえるのではないだろうか。
では、スティーブ・ジョブズが亡くなって現在のティム・クック(Tim Cook)CEOのもと、ジョニー・アイブは本当の意味で優れたデザイナーの真価を発揮できるのだろうか。現在のところ、順調にiPhoneが売れており、Appleは時価総額を更新し続けているので大成功を収めているといえる。
しかしデザイン的には成功しているものを作っているかというと疑問が残る。例えば、現在最新のiPhone、”iPhone 6/iPhone 6 Plus”の突出したカメラ、これはアイブ自身さえ過ちを認めているほどの醜いデザインだ。iPhone6/6 Plusには他にもDラインと呼ばれる醜いアンテナ線が背面に存在する。これらは明らかにこれまでのApple製品(少なくともジョブズ復帰後の製品)デザインにはなかった醜さだ。見慣れてしまったかもしれないが、最初にリーク画像やモックを見たときにはその醜さには驚いた。それが本当に製品になってしまうとは。。
そしてAppleは来月販売開始する”Apple Watch(アップルウォッチ)”によって、本当の意味でジョブズが全く関わっていない製品を世に出し、ジョブズの影響から離れることになる。Apple Watchのデザインはジョニー・アイブの親友で、彼がAppleに連れてきた世界的にも有名なデザイナー、マーク・ニューソン(Marc Newson)主導によるものだといわれている。
Apple Watchのデザインそのものは、正直それほど人を引きつけるものがないような凡庸なデザインに見える。特にこれまでの伝統的なスイスの高級腕時計に比べると圧倒的に見劣りがする。もちろんこれは私の個人的な見解ではあるが、恐らく多くの人も同じことを考えているのではないだろうか。少なくとも私の周囲はそう見ている。
アイブが今後クックの下で更にイノベーティブなデザインができるのだろうか。それは今後彼らが作る”歴史”が証明することだろう。
記事は以上。