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Appleはジョニー・アイブの重要な「フィドルファクタ」を失うのかもしれない

昨日当ブログでもお伝えした通り、Appleの最高デザイン責任者(CDO)、ジョナサン・アイブ(Jonathan Ive、以下ジョニー・アイブ)が年内にAppleから退職することが発表され、世界中に衝撃が走りました。

ジョニー・アイブは来年2020年に「LoveFrom」という会社を立ち上げ、主要なクライアントはAppleとなるということですが、Appleから最高デザイン責任者がいなくなることはやはりApple自身、そしてそれを取り巻く人々にとっても大きな出来事です。ジョニー・アイブの退社を「一時代の終わり」と言う人さえいます。それが証拠に、Appleの株価もぐぐっと下がってしまいました。

ではなぜジョニー・アイブを失うことがAppleの損失に繋がるのでしょうか?ジョニー・アイブの伝記本≪ジョナサン・アイブ-偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー(英語原題:Jony Ive: The Genius Behind Apple’s Greatest Products)≫の著者のリーアンダー・ケイニー(LEANDER KAHNEY)氏が、アイブ氏が持つ独特のデザインの考え方について、興味深い文章をCult of Macに寄稿していますので、意訳も入れつつご紹介します。

ジョニー・アイブは学生(インターン)時代に手がけた作品デザインで既に独特な手法を確立していた

1980年代、10代のジョニー・アイブはデザイン学校の学生であったと同時に、ロンドンのデザイン会社Roberts Weaver Groupでインターンとして過ごしていました。彼が手がけた最初のプロジェクトの1つは、東京を拠点とするペンメーカーで、日本人であれば誰でも知っている日本の「ゼブラ」社の新しいペンのデザインでした。

アイブがデザインした「TX2」ペンは白いプラスチック製で、アイブは当時のインターン時代から色にこだわり始め、それは現在まで続いています。上の画像のデザインは、かつてのMacintoshのデザインを彷彿とさせます。そしてグリップを良くするために、ペンには一対のゴム製サイドパネルを備えつけられています。しかし、「TX2」が他のペンと一線を画すのはそれらのような機能として重要なものではないデザインでした。それは、ペンを使う人が「いじる」こと以外の目的には何の役立たない、「ボールとクリップ」のメカニズムだったのです。

しかし大勢の人が、このペンに付け加えられた一見役に立たないメカニズムをいじってしまっていたのです。そのような、一見役に立たない何かが、なぜか人を惹きつけるような要素を、アイブ自身が「フィドルファクタ(だまし要素)」と名付け、それがアイブのデザインの特徴となりました。そしてアイブがAppleに入社し、社内のデザインチームの中で重要な役割を果たし、やがて最高デザイン責任者になるにつれ、この洞察が込められたデザインは、最終的にApple製品の中でも重要なファクタになっていくのです。

フィドルファクタとジョニー・アイブ

アイブの「フィドルファクタ」は、長年にわたり、主要なApple製品に紛れもなく重要な役割を果たしました。ただまだアイブがインターン時代の「TX2」ペン開発の時点では、ゼブラのデザイナーの目には些細で愚かなものに映ったようです。

しかし、結局フィドルファクタは「謙虚な筆記具」を「特別なもの」に変えました。

一見シンプルに装飾されているので、人々はペンに触れて遊んでみたくなったのです。単に暇な学生のためのような機能が、ペンのユーザにとても愛されたのです。結果的に、ゼブラの「TX2」は大ヒット商品となりました。

アイブの元同僚であるClive Grinyerは、Jony Iveの伝記本≪ジョナサン・アイブ-偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー(英語原題:Jony Ive: The Genius Behind Apple’s Greatest Products)≫のインタビューで、「純粋な”だまし要素”をペンに入れ込んだのは、当時としては新しいアイデアでした」と語っています。「ペンのデザインは形状だけではなく、感情的な面もありました。信じられないかもしれませんが、これはとんでもないことだったのです。」

ジョニー・アイブは「触覚」の要素をコンピュータデザインに持ち込み、親近感を増した

この「フィドルファクタ」が、ジョニー・アイブというデザインの天才の中心に深く刻まれることになりました。30年にわたるキャリアの中で、彼はデザインに「触覚」の要素を加えることによって、コンピュータをより人々に親しみやすく近づけることに成功しました。そんなデザイナーは彼の他にはいないといえるでしょう。

たとえば、上の画像のような初代iMacの上側にデザインされたハンドル(持ち手)のことを思い出してみてください。アイブにとって、iMacのハンドルは実際に持ち運ぶためのものではなく、ユーザに「そこに触れる」ように促して、ユーザとの絆を築くためのものでした。この重要ですが殆ど無形のイノベーションが、人々がコンピュータと対話する方法を根本的に変えたのです。

「当時、人々はテクノロジーに慣れていませんでした」とアイブは故スティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)の伝記本のインタビューで著者のウォルター・アイザックソン(Walter Isaacson)に語っています。「もしあなたが対象物を恐れているならば、あなたはそれに触わることはありません。私は私の母が実際コンピュータに触れるのが怖いと思っているのがわかったのです。だから私は、このハンドルがあれば、その関係を改善することが可能になると考えました。ハンドルは親しみやすく、直感的で、あなたに(コンピュータに)触れる許可を与えます。そしてそれはあなたに尊敬の念を与えるのです。」

そして、このiMacの大ヒットが、倒産寸前だったAppleにスティーブ・ジョブズが復帰して大復活劇を遂げ、世界一の市場価値を持つ会社にのし上がるための第一の布石となりました。まさに業界だけではなく、人々と世界を変えたプロダクトになったのです。

Appleのデザイン:最高に「触りやすい」プロダクト

繰り返しになりますが、上記のようなジョニー・アイブの「フィドルファクタ」は、Appleのデザインにおいて重要な役割を果たしてきました。それは今月頭にWWDC2019の基調講演で発表された「新型Mac Pro(Mac Pro 2019モデル)」の象徴的なハンドル(持ち手)にも現れています。

1999年のiBookから数世代にわたって販売されたPower Mac G3・G4・G5シリーズ、そして最新のMac Proまで、Apple製品の殆ど全てのアイブがデザインした作品には、人々が触るのを促すようなハンドルやその他の要素が含まれていました。

コンピュータは、かつては複雑で威圧的でした。それらに人々が気軽に触れるようにするには、持ちやすくして、そしてマニュアルや複雑な指示や教程を必要とせずに、すぐに使用方法が直観的に理解できることが大切でした。もちろんAppleの使いやすいソフトウェアやOSのインタフェースがその直観的デザインに明らかに貢献をしていますが、ハードウェアを「触覚的」にしてそれを気軽に持ちあげて「遊ぶ」ことを促しているようなデザインは他にあまり例がありません。

あなたは、最初にiPodを手にして、初めてあのスクロールホイールをいじった時のことを覚えていますか?それがどのように機能するかは明らかでした。あなたはきっと喜びに溢れ、にやりと笑ったのではないでしょうか。

それはその後に続いたiPhone、iPad、Apple Watchも同じです。ほとんどの場合、あなたはそれらをどのように操作するか、わざわざマニュアルなどで教えてもらう必要はなかったはずです。なぜなら、その操作方法は明らかに直感的だからで、その原因はそれらが「触覚」デザインだったからなのです。

ジョニー・アイブは「触覚デザイナー」

触覚は、アイブのすべての作業を通して実行される重要なスレッドです。アイブは、人々にその製品に触れるよう「促す」ことによって、製品をより親しみやすくするために常に努力しています。

このアプローチはテクノロジーをわかりやすくユーザに説明し、それをパーソナルに、フレンドリーに、そして使いやすくします。あなたはそれを扱うことで何かをやってやろうという気持ちになります。デザインとは感情的なものなのです。

アイブのキャリアは、コンピュータやテクノロジーをより「パーソナル」なものにするための長い道のりだったといえます。Appleで30年の間、彼はかつてないほどの「趣味のランニングテクノロジー」を楽しんできたともいえるのではないでしょうか。

アイブと彼の同僚たちは、基本的にiMacとiBookを縮小して、Apple Watchというデバイスをデザインしました。AppleWatchは、手首に装着でき、指先で操作する強力なコンピュータです。そしてもちろんiPhone、iPod Touch、iPadなどで今は実に一般的になっていますが、今日のコンピュータはもっと触覚的になっています。そう、マウスはあなたの指先に置き換えられたのです。

Appleのデザインの難しい秘密

他の多くの会社は「どのように素晴らしい工業デザインをするか」を考え出しました。サムスン(Samsung)やファーウェイ(Huawei)などの最新のハードウェアは、外観が非常に美しく作られています。彼らは最初は模倣だったかもしれませんが、今はもう既に、最高のApple製ハードウェアに匹敵する工業デザイン力を持っているのです。

しかし、その直感的で人道的な感情移入や、そしてテクノロジーに触れたいという飽くなき欲求は、おそらくアイブがAppleを離れ、彼自身のデザイン会社LoveFromを始めることで、Appleが置き換えなければならない最も困難なことになるでしょう。

Appleがウェアラブルとヘルスケアテクノロジーに更に深く踏み込むと、iPhoneの販売が頭打ちになった同社にとって明らかに新たな大きな推進力になるのではないかと思われます。しかしそれを実現するためには、複雑な製品をよりパーソナルでフレンドリーにする手法が求められ、それにはジョニー・アイブのような、直感的な感覚を持つデザイナーが必要になるでしょう。

Appleはそれをやってのけることができるでしょうか?ジョニー・アイブの素晴らしい「フィドルファクタ」が彼のAppleの同僚たちに受け継がれたことを祈るしかありません。

記事は以上です。

(記事情報元:Cult of Mac

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