Forbesの本日の報道によると、中国の国家新聞出版広電総局(前身は国家広播電影電視総局、中華人民共和国の国家ラジオ・テレビ総局、以下広電総局)が、AppleがApp Store上で公開している中国のネット動画サービスの最大手Youku Tudou(优酷土豆、優酷土豆、以下Youku)のHD版動画アプリの中で、広電総局の許可を得ることなく、同局が権利を持つ抗日映画作品【血搏敌梟(血搏敌枭)】を放映したとして、本日6月30日に、北京市海淀区人民裁判所になぜかAppleとYoukuを同時に訴えたという。
【血搏敌梟】は1994年に上映された抗日(中国の第二次世界大戦・日中戦争、中国では抗日戦争と呼ばれる)をテーマにした映画。広電総局はAppleとYoukuに対して5万人民元(約77万円)の賠償金を請求しているという。Appleはこの件についてなんらコメントを出していない。
中国広電総局はなぜYouku Tudouだけを訴えないのか
本来であれば、広電総局は動画アプリの中で勝手に人の権利作品を流しているYoukuを訴えるべきで、Appleを一緒に訴えるのは全くのお門違いといわざるを得ない。Appleとしても、自社のApp Storeの中のアプリのデベロッパが権利を侵害しようと、そこには本来関係がないはずである。
ではなぜ広電総局はYoukuだけではなくAppleを訴えたのか?恐らく、Youkuの親会社が中国EC最大手のアリババ(Alibaba、阿里巴巴)であることで、相手が非常に大きくやりにくいと考えたか、またはアリババのYoukuは既に広電総局の許可を得ているため、その立場やメンツ上外国企業であるAppleも訴えた方がいいと考えたか、または外国企業相手なら裁判でも自国内では有利と考えただということで提訴したのかもしれない。いずれにせよAppleにとっては大迷惑な話だ。
このことについては当然ながら中国人のネットユーザの間でも、「Youkuだけを訴えるべき」だとして広電総局に対する批判が噴出している(iFanrの記事のコメント欄に注目)。
また賠償金額は非常に少ないものの、もしこの提訴によってAppleが敗訴するようなことがあれば、AppleはApp StoreにおいてYoukuアプリの承認を外して削除する可能性があり、また今後広電総局は更に別の作品についてもAppleを訴えてくる可能性があるため、Appleとしてはきっちりと対応するべきだろう(基本的にYoukuの問題だとつっぱねればいいだけの話だと思うが、Appleとアプリデベロッパとの間の権利関係の契約がどうなっているかによるだろう。問題があった場合はデベロッパが扱う著作権ものについて条項が修正される可能性がある)。
問題の作品【血搏敌梟】とは
しかも今回の広電総局が権利侵害だと訴えている作品は1994年制作。20年以上前の作品だ。更に抗日がテーマとあっては、日本のニュースメディアもいつか注目するかもしれない。。笑
ということで一足お先に、問題の作品【血搏敌梟】について、ちょっとだけ調べてみた。
【血搏敌梟】は1994年に上映された中国映画。監督は張西河で、主演は温海涛、呉堅等。
【血搏敌梟】は918事変(満州事変、柳条湖事件)によって旧日本軍が華北への侵略を始めた時代のことを語った映画である。北平(当時の北京)もその風雨に晒されていた。深夜、覆面をした何者かが”丸二商社”に潜入し、斧で大量の借金を抱えていた関東軍の須田大佐を斬り殺し、そして追いかけてくる日本軍と戦い傷を負いながらも逃走した。日本軍はその血の跡を追い、医者の費文徳が開業する蘭溪診療所まで捜査が及んだ。費文徳はかつてドイツに学び、その後中国の東北で軍医を務めていた。東北が日本軍の手に落ちた後北平に来ていたが、彼こそがまっすぐな愛国青年だった。。
引用元:百度百科
というストーリー。
まあ、なんだかその後のストーリーも、その費の奥さんが日本軍に捕らわれて拷問されるとか、手榴弾で自殺するとか、日本の浪人!?が登場するとか、お決まりの荒唐無稽なストーリーで紹介するほどでもないかも。。まあ、正直見たいとは思わないような内容ではある。
ネット上に転がっていた写真を何枚かご紹介。毛沢東ヘアーの人の銃の持ち方、それってありなの。。?笑
▼火の用心、って。。日本ぽさを出すのにこのくらいしかできないのが。。笑
▼右下の芸者と日本酒で宴会、というのも必ずといっていいほど抗日映画に出てくる、典型的な日本の堕落した接待シーン(女性の和服・着物もめちゃくちゃで、着付けもめちゃくちゃな場合が多い。水戸黄門などの時代劇の、悪代官と悪徳商人の「そちも悪よのう〜」「いえいえ、お代官様こそ!」「わっはっは」のシーンとほぼ同じかと)。BGMはだいたい「さくら」なのだが、この作品ではどうなっているのだろう?笑
▼中国共産党はともかく笑っちゃうくらい勇ましく描かれる。左は国民党(デブぽっちゃり)、右は?
中国ではなぜ抗日映画が乱造されるのか?
中国では中共一党独裁や自身の正当性を高めるためのプロパガンダ用に、抗日映画が昔から今に至るまで乱造されている。量産される抗日映画は【抗日神劇】と呼ばれるほど時代考証も非常にいい加減で、最初はやられていた妙にかっこよくて荒唐無稽に強い共産党が最後には醜い日本軍(鬼子)をやっつけるという日本でいえば水戸黄門的な勧善懲悪的なノリで娯楽化され、365日24時間、どこかのテレビのチャンネルでは必ず流れている。若者は殆ど見ないといわれているが、当時の記憶がまだ残っている年寄りにはウケがいいようだ(私の中国人妻の父もよく見る)。
最近、あの【Ring】の貞子が、典型的な低レベルの抗日映画の主人公になり、中国共産党に入って日本軍をやっつけるというパロディ短編動画【咆哮吧,正義的子彈!復仇吧,人民的貞子(咆哮せよ、正義の弾丸!復讐せよ、人民の貞子!)】が中国国内のネットメディア会社によって制作されネット上で流行ったことが中国だけではなく日本でも少々話題になり、そして中国の関連当局がその作品の削除に躍起になっていて、現在では中国国内の動画サイトでは殆ど見られなくなっている。ただYoutubeは中国では閲覧できないが中国当局の削除要請は受け付けないため、ここに紹介する。
さてそんな【抗日神劇】がなぜ中国で乱造されるのか?これは私の中国映画制作に関わる友人か制作会社が何とか儲けを出すためにやっている苦肉の策という。というのも、中国では全ての映像作品や音楽作品は当局の検閲を受ける必要があるが、作品は完成レベルで検閲を受けなければならないため、もしせっかく大金をかけて制作した作品に難癖を付けられて検閲が通らなかった場合は制作費が回収できないため、制作会社としては倒産の憂き目に遭ってしまう。しかし抗日をテーマにした作品だけは検閲の基準が緩く、どんなに内容が荒唐無稽でも、だいたい中国共産党をかっこよく描いて旧日本軍を醜く描いていれば通るという時期があったため、制作会社はこの抗日映画である程度の儲けを出しつつ、本当に出したい作品は別に作るという傾向のようだ。
最近は当局も「あまりに質が低くて国の恥だ」「そんなに共産党が当時強かったならなんで抗日に8年もかかったんだ?」などという声もあって【抗日神劇】への批判が強くなったことから、検閲の基準を厳しくしているというが、それでも厳しくしたとは思えないほど中国のテレビでは未だに時代考証も全くされていない荒唐無稽な完全フィクション抗日作品が放映されていることを考えると、やはり検閲による影響は根が深いと感じざるを得ない。
広電総局の魂胆とは
さてその検閲がネットに持ち込まれるか、、なのだが、今回は著作権の問題。正直、広電総局の行動そのものが荒唐無稽としかいいようがない。問題は明らかに他人の権利作品を膨大に野放しで放映しているYoukuだけにあるはずだ。更に、中国政府関連機関もある程度効率を重視するため、通常は影響力の強い作品を見せしめ的に摘発するのだが、今回は訴訟金額も雀の涙ほどで、作品も20年以上前のものというやり方をしているのも少々解せない。個人的な推測では、広電総局はこれでまず一回判例を作り、味をしめたらもっと他のも調査して、Appleから金をせしめようという魂胆なのかもしれない。
やはり中国では全般的に著作権に対する意識が非常に低いのは間違いなく、Youkuの親会社のアリババ(Alibaba)の代表ジャック・マーも、最近ニセモノを擁護するような発言をして最近批判されたばかりだ。もちろん、その著作権意識がないところに、様々なチャンスがあると捉えた方が面白いのだが。
記事は以上。