伝記ものには主人公の”劇場化”が突出するという特徴があり、自分で人生を記録する自伝よりも面白いのが一般的だ。ただ、Appleの共同創業者スティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)を描いた≪スラムドッグ$ミリオネア≫で名を馳せたダニー・ボイル監督による最新の伝記映画≪Jobs≫の問題は、主人公のジョブズの姿が真相からかけ離れていることだけではないようだ。
最新伝記映画≪Jobs≫の問題点とは
The New Yorkerのリチャード・ブロディによれば、この最新映画の問題点は、劇場化映画の要素が人々にもっとジョブズのことを深く理解させたり、ジョブズの魂を掴ませることに繋がっていないことだという。伝記映画では、やはり見る人達に主人公の人生のエピソードを見せるだけではなく、その人の特徴が合理的に劇場化されるべきだ。芸術は生活から生まれてくるのだから、とも。
脚本家の目に映ったジョブズとは
今回の映画の脚本は、≪ソーシャル・ネットワーク≫でその名が轟いたアーロン・ソーキン(Aaron Sorkin)が、ジョブズの人生を3部に分けて描いている。その3部とは、1984年の初代Macintosh(マッキントッシュ)をリリースしたとき、それから1988年にAppleを離れた後にNeXTを創業したとき、そしてAppleに復帰した後1998年にiMacをリリースした時だ。ソーキンの目には、ジョブズはイノベーションとはなんたるかを人々が学べるようなものを発明したが、しかしそれはジョブズの世界でしか実現しなかった、というように映っていたようだ。
脚本家に忠実に演じたファスベンダー
ブロディが最も恐れていたのは、ジョブズを演じたマイケル・ファスベンダー(Michael Fassbender)が真実のジョブズを形作っていなかったことではなく、彼が一挙手一投足までジョブズの”真似”をすることだった。彼が演じたジョブズはまるで機械のようにいつも怒っていたが、これはファスベンダーのせいではない。なぜなら彼はずっと忠実にソーキンが描いたジョブズを演じているだけだからだ。
ジョブズの描き方が単調すぎてフラット化?
同じくThe New Yorkerのジョシュア・ロスナン(Joshua Rothman)は先週、ソーキンのこの「冷血」な脚本では、ジョブズの感性がどのようにそのイノベーションを刺激したのかということを完全に無視し、その他の所謂”天才”の伝記映画と同様に天才の周囲にいる人がまるでバカみたいにその天才を仰ぎ見ていると評していた。またソーキンはジョブズをあまりにも「クレイジー」に仕立て上げ、実生活では友人や家族を傷つけることしかできず、仕事上では彼は重大な社交障害を持っているかのように描いているとも。
ブロディは最後に、ソーキンの過ちは、ジョブズを徹底的に”フラット化”したことだとしている。我々がフラット化されたApple製品(iPhone iOS 7以降やMacのOS X Yosemite以降)から離れられなくなってしまったかのように。
画蛇添足 One more thing…
というわけで、The New Yorkerは全体的に最新の伝記映画≪Jobs≫には否定的な観点を持っているようだ。
ジョブズの映画の話は、同じくAppleの共同創業者のスティーブ・ウォズニアック(Steve Wozniak)も酷評していたことを以前も記事にさせていただいた。
ブルームバーグ(Bloomberg)の報道によると、Appleの共同創業者のスティーブ・ウォズニアック(Steve Wozniak、Woz、以下ウォズ)は、同じく共同創業者のスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)の伝記映画≪Steve Jobs≫に対するコメントを出した。彼によれば、この映画は人物に関する映画だが、事実(ノンフィクション)ではないという。 ウォズが明かす”≪Steve Jobs≫の映画の多くのシーンは事実と異なる!” - 小龍茶館 |
当然ながら、伝記には劇画化や劇場化の要素は欠かせない。とんでもないことをやり遂げた人も、普段の生活は正直他人から見ても大して面白くもないことをやっているかもしれないのだ。真実だけが感動を呼ぶとは限らない。感動を生むのもまた、テクニックの一つだ。フィクションでも十分に人々に感動を引き起こし、何らかの影響を与えることができる。
しかしスティーブ・ジョブズは、自ら表に出てスピーチを行っていた人で、公にその姿をよく現していた人物だ。しかもまだ亡くなって4年しか経っていない。まだまだ人々の心には彼の生前の姿が色濃く残っている。私も含めてジョブズに会ったことさえない人でさえそうなのだから、実際にジョブズに近しかった人達にとってはなおさらだろう。
そんな中で伝記映画を作ることは実に難しいことだったに違いないが、やるのであれば、誰もが納得するような徹底的な模倣をするか、または普通の人とは全く違うあっと驚くような解釈をもって描かれなければならないないだろう。この映画は後者を狙ったように思えるが、それが過ぎてあまりに単調にジョブズを描いてしまったために批判されているようだ。
私ももちろんまだこの伝記映画≪Jobs≫の本編を見ていないのでなんともいえないが、The New Yorkerでこのような評価をされていることで余計この映画を見る気がしなくなっている。私の中でジョブズはあの今でもYoutubeでも見られる生前の動いている本物のジョブズだし、ジョブズの伝記映画であればこのブログでも何回もご紹介しているノア・ワイリー主演の≪バトル・オブ・シリコンバレー(Pirates of Silicon Valley)≫が一番のお気に入りだからだ。ジョブズがAppleを追われるところまでで終わっているが、まだ見たことがない人はぜひ騙されたと思って見て欲しい。大変、面白いので。。
記事は以上。
(記事情報元:The New Yorker)