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Appleの今日の歴史:「再建屋」と呼び声高いギル・アメリオが取締役に就任。ジョブズ復帰の立役者

25年前の1994年11月9日(現地時間、日本時間では11月10日)は、半導体業界の「再建屋」として名高い超優秀なビジネスマン、ギル・アメリオ(Gil Amelio)がAppleの取締役に就任した日でした。

再建屋として鳴り物入りで、どん底のAppleの取締役に

ギル・アメリオ(Gil Amelio)。かつてのAppleのCEOでした。彼の唯一の功績は、スティーブ・ジョブズのいたNeXTを買収するという決断のリーダーシップを執ったことくらいでしょうか。。笑

ナショナル セミコンダクター(National Semiconductor)とロックウェル インターナショナル(Rockwell International)での印象的な復活劇を演出していたことから、アメリオのApple取締役就任は、広範囲にわたってお祝いムードを引き起こします。多くのAppleファンやAppleウォッチャー達は、当時彼の任命が同社の暗黒時代が終わったことを意味すると考えたのです。実際、Appleの取締役会からは、ギル・アメリオの取締役就任は一種のクーデターだとみなされていたほどでした。

結果は。。散々

しかし大変残念ながら、皆さんもご存じの通り、アメリオの再建屋としての能力は、クパチーノのAppleでは機能しませんでした。

1990年代初頭のAppleのいわゆる「暗黒時代」のまっただ中でも、Apple内部ではイノベーションが不足することはありませんでした。しかし、Appleには明らかに「優れたリーダーシップ」が必要とされていました。素晴らしい新製品を開発・製造するだけでなく、それらを開発したあと「適切に」市場に出す新製品を取捨選択する機能が欠けていたのです。

ギル・アメリオはApple以前は本当に「再建屋のアーティスト」だった

ギル・アメリオはナショナル セミコンダクターのCEOとして、4年間で3億2000万ドルの収益を上げ、かつて赤字だった会社を見事に立て直しました。

オペレーション主導のCEO(かつてのジョン・スカリーCEOや現在のティム・クックCEOなどがこのタイプ)とは異なり、アメリオは自身に強力なエンジニアリングのバックグラウンドを持っていました。かつて電子工学博士号を取得したアメリオは、スキャナーやデジタルカメラの基盤を形成したCCD(電荷結合素子)の発明者の一人となる栄誉を獲得しています。

アメリオのAppleとのつながりは、ナショナル セミコンダクターがAppleの大手サプライヤーだったことに起因しています。アメリオは、取締役就任の2年後の1996年にAppleのCEOに昇進するまで、ナショナル セミコンダクターに留まっていました。しかし、アメリオがAppleの取締役会に入ると同時にAppleと取引を行っている会社を率いていることは、彼にとって利益相反になるとは当時誰も考えていませんでした。

唯一かつ最大の功績は、スティーブ・ジョブズのいたNeXTを買収したこと

Appleを監視しつつ、史上最大の損失を記録してしまったことは別として、AppleのCEOとしてアメリオが最終的に過ごした500日の任務の中で、最も印象的で記憶に残り、かつ輝かしかったのは、Appleがアメリオのリーダーシップの下であの「NeXT」を買収したという決断でした。そして最終的にはそれによってスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)がAppleに戻って、経営の舵を握ることになったのです。

そしてアメリオの悪名高い大失敗は、航海をモチーフにしてスティーブ・ジョブズに笑われつつ語られています。スティーブ・ジョブズはマイクロソフトの創始者ビル・ゲイツ(Bill Gates)との有名な同時インタビューの中で、アメリオ時代のAppleを「船体に大きな穴が空いて水が入ってきてしまっている船」と表現し、そしてジョブズ自身の仕事を「その船を正しい方向に航行させることを保証することだった」と笑いながら語り、 ビル・ゲイツと聴衆の笑いを買っています。その部分だけを抜き出した動画がありますのでご覧ください。

ギル・アメリオはその後、スティーブ・ジョブズと対立し、1997年7月にCEOを退任してAppleから去ります。就任した時期が悪かったのかもしれません。しかしアメリオがいなければ、ジョブズのAppleへの復帰もなかったかもしれず、アメリオのAppleへの功績は結果的に非常に大きかったと言わざるを得ませんね。

記事は以上です。

(記事情報元:Cult of Mac
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